1882年に立憲改進党をつくり、明治時代の政治に大きな役割を果たした人物が大隈重信です。大隈重信は明治政府の要職にありましたが、政府内で早期の議会開設を唱え周囲と対立、明治政府を辞めています。
大隈重信の「隈」の字は間違いがおきやすい字なので注意しましょう。
首相にならなかった板垣退助に対し、大隈重信は2回首相になっています。最初に首相になったのは1898年のことで薩長勢力以外で初めての首相であり、日本初の政党内閣とされます。憲政に対する貢献により、伊藤博文・板垣退助とともに国会議事堂中央広間に銅像が建てられています。
読み:おおくましげのぶ
時代:明治時代後半(19世紀後半)
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