入試に出る歴史上の人物 「水野忠邦」

重要
小判江戸時代後期に天保の改革を行った老中水野忠邦です。水野忠邦は株仲間の解散を行い経済を統制しようとしましたが、かえって混乱を招き改革は失敗しました。

発展
天保の改革では他に、江戸などに仕事を求めて出てきた農民を農村に返す人返しを行いました。また、江戸・大阪の周辺を幕府の領土(幕領)としようとしましたが、反対にあい失敗しています(上知令)。

注意
1825年に定められた外国船打払令(異国船打払令)を、1840年におきたアヘン戦争に結果を受けてゆるめたときの老中が水野忠邦です。

読み:みずのただくに
時代:江戸時代後半(19世紀前半)

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