入試に出る歴史上の人物 「田中正造」

足尾銅山重要
1900年ごろ発生した足尾銅山鉱毒事件を解決するために活動した人物が田中正造です。足尾銅山鉱毒事件は日本の公害問題の原点といわれます。

足尾銅山の鉱毒が問題になったのは1880年代からで、解決まで長い時間がかかっています。入試社会科としては日清戦争(1894年)と日露戦争(1904年)の間に重工業が発達し、負の側面として鉱毒事件を紹介するのが一般的です。

読み:たなかしょうぞう
時代:明治時代後半(20世紀初め)

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