昭和の文化史の話

社会科で言う「歴史」とはいつまでだと思いますか?

例えば、中学受験用教材の大御所である、四谷大塚「予習シリーズ」では歴史を取り扱う5年下で、1978年日中平和友好条約までをメインとして取り上げています。それ以降の歴史は冷戦終結が出てはいますが、メインの内容ではありません。ただ、6年上では冷戦後の歴史も取り上げています。
中学校の教科書をみると、バブル崩壊・冷戦終結・湾岸戦争までは歴史の教科書で取り上げられています。1990年代前半ということになります。ちょうど昭和の終わりまでというイメージですね。昭和はすでに「歴史」なんです。

ここでちょっと思ったことが、後々になって昭和の文化史で重要語句として取り上げるならなんだろうということです。中学校社会科的に取り上げるならばという前提をつけます。昭和を代表する文化人は数多くいますからね。
まず、昭和の前である大正時代を見てみましょう。手元にある教育出版の中学歴史では芥川龍之介が太字で書かれています。顔写真付きです。もう一つ日本文教出版も見てみましょう。こちらは太字で取り上げられている項目はありません。顔写真付きで紹介されているのは「蟹工船」で知られる小林多喜二が紹介されていますが、重要語句という扱いではありません。
入試でみると大正時代の文化で一番重要視されるのは文化の大衆化です。特に重要なのがラジオ放送がスタートしたことですね。これは1925年の出来事で同じ年に治安維持法・普通選挙法の制定という大正の最重要事項が重なっており、入試でも頻出です。

さて、昭和を考えてみます。まずは、テレビの登場ですね。これは間違いないでしょう。1953年に国内の放送が始まったテレビは間違いなく日本の歴史に大きな影響を与えました。ただ、中学歴史教科書でいわゆる芸能人が登場する可能性は低いでしょう。それは、江戸時代の歌舞伎役者や大正の演劇関係者はほとんど取り上げられていないからです。
中学歴史で取り上げられる文化人の共通点として「先駆者、その文化を大成させた人物」があげられます。例えば、能楽を大成させた世阿弥、水墨画を大成させた雪舟、茶の湯を茶道という文化の域まで高めた千利休が代表格です。

そう考えると一人の人物が浮かんできます。手塚治虫です。間違いなく昭和を代表する文化の一つであるマンガを文化の域まで高めた人物。私見ではありますが、昭和を代表する文化人の一人でしょう。ちなみに、11月3日は手塚治虫の誕生日です。
(「しゃかいっ!」2014年11月3日より)

スポンサーリンク





シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする