中学入試プレイバック2019 「渋谷教育学園幕張中学」

塾の授業というのは、どうしてもテストで点数が取りやすいように支障のない範囲内でデフォルメをして教えることがあります。この問題で取り上げられている国風文化はその1つです。平安時代の文化を大きく分けると、まず、最澄・空海が遣唐使として学び日本に伝えた天台宗・真言宗などの新しい仏教が平安初期にあります。この2人は平安京をつくった桓武天皇と同時代の人物です。それに対して、この問題で取り上げられている国風文化の代表的な人物である「源氏物語」の紫式部藤原道長の娘、中宮彰子に仕えており道長と式部は同時代人物になります。その間を分けるのが、894年菅原道真が提案した遣唐使の廃止です。
テストで恐れるのは、最澄・空海を藤原道長と同時代だと思ってしまうことです。同じ平安時代ですが、200年ほど違いがあり同じ時代でカテゴライズすることはできません。そのため、遣唐使の停止以降に国風文化が栄えたという表現をしてしまいます。遣唐使の停止によって党との交流がなくなったわけではありませんし、1つの出来事だけで文化が変わるということはまずありません。徐々に変わっていくものです。ただ、授業の説明としては分かりやすさというのを重視して説明するのは当然です。実際に予習シリーズや中学校の教科書では、上の問題のように、最新の研究結果を踏まえて修正されています。

遣唐使の停止によって中国との正式な国交はなくなりましたが、民間の交流は活発だったため、日本は、その後も中国文化の影響を受け続けました。
9世紀後半ごろからは、唐の文化を土台にして、日本の自然や生活にあった文化が生まれました。この文化を国風文化といいます。(予習シリーズ5年下45ページ)

意外と曲者なのが、藤原氏で初めて摂政になった良房、摂政・関白を務めた基経です。藤原氏の中では重要な役割を果たしたのは間違いないのですが、もともと平安時代はボリュームがあり、藤原道長・頼通親子がいるために、なかなかそこまで手が回らないです。ですから、問2は受験生にはXは「良房、基経どっちだっけ」と迷った思います(なお、Yは正しいと分かって当たり前レベルです)。

答:問1 仮名文字は遣唐使が停止される以前から使われていたことが分かり、その時代から国風文化は広がっていたこと分かったから。
問2 ア

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