中学入試プレイバック2019 「筑波大学付属駒場中学」

人口重心とはなかなかマニアックなところをついてきました。現在(2015年)の人口重心は岐阜県関市にあります。関市は刃物で有名な街です。上の地図を見てわかるように近年、人口重心は南東に動きつつあります。人口が南東に集まりつつある、つまり関東地方に人口が集中していることが分かります。

今回の問題では、縄文時代の人口中心がどこにあったかを答える問題です。もちろん、受験生の99%が知らない知識ですから、その場で考えて解くことになります。
ポイントは、「木の実を付ける落葉広葉樹林の広がる東日本が、照葉樹林の茂っていた西日本より食料を得ることが容易だった」という一文です。食料が豊富ということは人口が多いということです。つまり、当時の人口中心はやや東寄りだったことが予測できます。それを考えると、答えはオの長野県ということになります。ちなみに、人口中心が長野県にあるということは、関東北部や東北地方に多くの人口がいたことがいえるでしょう。

あらためて見ると、縄文時代を代表する三内丸山遺跡は青森県です。それ以外にも大森貝塚(東京都)縄文時代の遺跡が東日本には多くあります。これが、弥生時代になると唐古遺跡(福岡)、吉野ケ里遺跡(佐賀)など西日本にも遺跡が増えていきます。そして、古墳時代では近畿地方に多くの古墳があり、ヤマト政権の勢力が畿内を中心に広がりました。

時代によって、中心となる場所は変わっていくことが分かりますね。

答:オ

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