入試に出る歴史上の人物 「徳川吉宗」

徳川吉宗基本
18世紀前半、江戸幕府の8代将軍として享保の改革を行ったのが徳川吉宗です。徳川吉宗は庶民の意見を聞くために目安箱を設置し、裁判の基準となる公事方御定書を制定しました。
吉宗は新田開発を行い、幕府の収入を増やそうとするとともに、無駄な出費を抑え幕府財政の立て直しを狙いました。

応用
徳川吉宗は大名から米を集める代わりに参勤交代の期間を緩める上米の制を行いました。
キリスト教に関係のないオランダ書の輸入を許し、蘭学がおこるきっかけをつくりました。また、青木昆陽にさつまいもの研究を吸進めさせたのも徳川吉宗です。

標準
徳川吉宗は7代将軍家継が若くして亡くなったため、御三家である紀伊藩からあとを継いだ将軍です。
吉宗は目安箱の投書をもとに江戸の消火活動を行う町火消を設置しました。

江戸時代中期を代表する政治家で、米の値段の安定に腐心したことから「米将軍」とよばれたのが徳川吉宗です。この仕事を始めたころは「ちゃーんちゃーちゃーんちゃちゃちゃん」と暴れん坊将軍のテーマをいえば、「あぁ~」となったものですが今は遠い昔です。

読み:とくがわよしむね
時代:江戸時代中期(18世紀前半)