入試に出る歴史上の人物 「板垣退助」

基本
板垣退助1874年、議会開設を求める民撰議院設立建白書を提出し自由民権運動の中心となったのが板垣退助です。1881年には日本最初の近代政党となる自由党を設立しました。

重要
板垣退助は土佐藩の中心として活躍し、明治政府にも参加しましたが、武力で朝鮮半島を開国させる征韓論による対立で政府を辞めています。

応用
板垣退助が議会開設を目指し土佐につくった組織が立志社です。1880年には自由民権運動を推進していたほかの組織とともに国会期成同盟に参加しました。

板垣退助は伊藤博文・大隈重信とともに国会議事堂中央広間に銅像が建てられています。この3人の中で板垣退助だけ内閣総理大臣になっていません。
明治時代の人物は、肖像画が史料として使われることが多いですが、板垣退助はその髭が印象的です。頬に手を当てて「髭ボーンが板垣退助」というとまぁまぁ受けます。

読み:いたがきたいすけ
時代:明治時代(19世紀後半)