入試に出る歴史上の人物 「織田信長」

基本織田信長
混乱の続く戦国時代のなか、天下統一に名乗りを上げたのが織田信長です。1560年桶狭間の戦いに勝利をし、一度は協力関係にあった1573年に室町幕府を滅亡させます。1575年鉄砲を大量使用したことで知られる長篠の戦いで勝利し、その後中部地方の大半を領土とします。しかし、全国統一に乗り出す直前、家臣の明智光秀に1582年本能寺の変で暗殺されました。上記の出来事を年代の古い順に並べ替えさせる問題は1つの定番です。

織田信長は領地内で自由な商売ができるようにするため、商人の同業者組織である関所の廃止をする、楽市・楽座を行いました。
琵琶湖のほとりに安土城を建設しました。

重要
信長は元々尾張(愛知県)の国の大名でした。
また、領土内でのキリスト教の布教活動を認めました。


今川義元…桶狭間の戦いで破った駿河(静岡県)の大名
足利義昭…室町幕府最後の将軍
武田勝頼…長篠の戦いで破った甲斐(山梨県)の大名(ただし、高校入試では武田氏と名字だけ覚えておけばよい)
明智光秀も含めて信長の関連人物は覚えておきたいです。また、長篠の戦いは屏風絵が史料として問題に使われることが多く、馬の侵入を防ぐ柵を用意し、鉄砲を大量に使用したという史料から読み取る問題の出題も多いです。

信長は仏教勢力と対立をし、比叡山延暦寺の焼き討ちを行いました。一向一揆の本拠地である石山本願寺も長年の戦いの結果、降伏させています。

信長は武力によって天下を治めようという意思をあらわしたとされる「天下布武」という印章をつかいました。商人の街であるも自分の領土としました。

注意
今川にしろ武田にしろ、桶狭間の戦い・長篠の戦いで滅亡したわけではなく、その後滅亡したことに注意が必要です。「織田信長が長篠の戦いで武田氏を滅ぼした」は文章として誤りなので、気を付けてください。

改めてみると、関連項目の多さだけでいえばナンバーワンといえるでしょう。「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」