入試に出る歴史上の人物 「豊臣秀吉」

基本豊臣秀吉
織田信長の後継者として、1590年に天下を統一したのが豊臣秀吉です。
全国統一の基準で土地の調査を行う太閤検地や農民の武器を取り上げる刀狩を通じて農民の一揆を防ぎ、耕作に専念させる兵農分離を行いました。
また、石山本願寺の跡地に大阪城を築きました。

1592年、1597年の2度にわたり朝鮮出兵(朝鮮侵略)を行いましたが、失敗に終わりました。

重要
秀吉はキリスト教の宣教師を海外に追放し布教を禁じました。

太閤検地では土地の耕作者、土地の質・広さを統一の基準で測り米のとれる量(石高)を検地帳に記入させ、それにもとづいて年貢を納めさせる制度です。

1592年の朝鮮への出兵を文禄の役、1597年の出兵を慶長の役といいます。

標準
秀吉は1585年に関白、1596年に太政大臣になっています。

注意
「豊臣秀吉」は「豊”富”秀吉」と意外と漢字を間違えやすいので注意が必要です。
太閤検地によって、完全に荘園制度は解体されました。社会科において、「完全に」という例は珍しいので、誤っている文を選ぶ問題で出題されやすいです。

文禄の役・慶長の役は元寇の文永・弘安の役と混同しやすいので気を付けましょう。

読み:とよとみひでよし
時代:安土桃山時代(16世紀後半)