「 2018年09月21日 」一覧

予習シリーズ社会解説 「5年下第4回 平安時代」

1.平安京と律令政治の立て直し
2.藤原氏の政治と荘園の始まり
3.武士のおこりと成長
4.上皇の政治
5.平氏の政治
6.平安時代初めの新しい仏教
学習を深めるページ「日本風の文化の誕生」

予習シリーズ第4回の見出しを書き出すとこのようになります。平安時代の指導をするうえで難しいのはその順番と配分です。794年に始まり、1185(1192)年まで続く平安時代は長いです。天皇中心の政治から貴族、上皇、そして武士の登場と主導権争いが激しくなります。それを1回の授業で説明するのは、なかなか難しい。少なくとも、何も考えずテキストの順番通りに指導していてはいけません。テキストの順番は読んで理解しやすいように順番がつくられています。この回に限らず、自分の説明しやすいように多少のアレンジが必要です。
平安時代は学習量が多いのに対し、その前の奈良時代はそれほど量が多くないので、平安時代を分割するのも一つの方法なんだと思います。実際、サピックスのカリキュラムを見ると「平城京・平安京」となっており、平安時代の前半が奈良時代に組み込まれています。ただ、この場合、奈良時代と平安時代がごっちゃになるという別の問題が発生します。

私が授業で説明するときは、まず桓武天皇の話から始め(上の単元では1)、次に最澄・空海の話をします(6)。これは、桓武天皇と最澄・空海が同時代史であることと、遣唐使の停止(894年)の話を後にすることで、それより前の出来事であることを強調するためです。あと、平安京の前に長岡京という都をつくったことも触れておきます。
その後、藤原道長・頼通親子の摂関政治の話です。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」
という道長の歌と、摂関政治の権力の源が「自分の娘を天皇の后にして生まれた子どもを天皇にした」ことであったのは重要です。また、藤原頼通は漢字を間違えやすい人物であるのと、頼通が建てた平等院鳳凰堂は漢字が難しいので注意したいところです。

私は、ここで遣唐使の停止から国風文化の話をしてしまいます(学習を深めるページ)。「源氏物語」紫式部と藤原道長が同時代人というのは大きいです。寝殿造の復元模型の写真が掲載されていますが、寝殿造の話では決まってこの模型が使われます。大和絵や十二単も意外と出題されますので注意しましょう。

後半は、武士のおこり(3)です。平将門の乱と藤原純友の乱は起こった場所が重要です。将門が関東、純友が瀬戸内で起こしました。これらの乱を抑えたのは武士で、それによって力をつけていったことを触れます。また、これらの乱は10世紀で、藤原道長らの摂関政治の最盛期よりも前であることは必ず確認する必要があります。
源義家や奥州藤原氏といった東北地方の話の扱いは少し難しいです。源義家は意外と出題されるのと、奥州藤原氏は平泉・中尊寺金色堂につながるので、触れておきたいところです。ただ、時間的な制約があるのと平安時代の大きな流れとは少し外れるので今回は口頭で触れる程度です。

平清盛白河上皇の政治では院政はもちろん僧兵に対抗するため武士の力を利用し、武士勢力が拡大したことに触れたいですね。そこから、いよいよ平清盛の登場です。平清盛の説明自体は難しいものでありませんが、確実に触れたいのは厳島神社です。地理で登場した日本三景の知識につながっていくからです。

授業の最後にこうやって成立した平氏の政権はあっという間に崩壊するんだけどね~と引きを入れると完璧ですね。


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