「 taiyo 」一覧

中学入試プレイバック2017 「青山学院中等部」

問 関東大震災のあと東京市長としてその復興と都市計画に取り組んだ人物名を次の①~④から選び、数字で答えなさい。(2017年青山学院中等部・出題形式を改題)

① 渋沢栄一  ② 後藤新平  ③ 植木枝盛  ④ 木戸孝允

入試で出題される内容や教科書に掲載される内容にも流行りというものがあります。最近の流復興行の例として、平安時代に蝦夷のリーダーとして坂上田村麻呂と争ったアテルイがいます。最近の中学校教科書はアイヌや琉球といった日本の中央政権から離れた存在にも目を向ける意識が強いです。その流れで、昔ならややマニアックな知識だったアテルイなども教科書で当然のように触れられ、入試でも出題されます。

近代で最近みかけるようになった人物の一人がこの問題の答えである後藤新平です。中学校の教科書によってはコラムで登場するようになりました。後藤新平は1923年9月1日におきた関東大震災の直後に内務大臣・帝都復興院総裁として復興のための基本方針を提示し、焼けた土地を買い上げ広い道路や公園をつくって火災に強い都市づくりを目指した人物です。

後藤新平が最近取り上げられる理由の一つはおそらく東日本大震災でしょう。震災からの復興を目指す現在、その計画の全てがうまくいったとはいえないながらも、災害復興の都市計画のモデルをつくった人物として後藤新平が重要視されるだと思います。

ちなみに、後藤新平は日本ボーイスカウト連盟の初代総裁でもあり、その普及に貢献した人物の一人です。

答 ②


中学入試プレイバック2017 「渋谷教育学園渋谷中」

問 JICA(国際協力機構)は、海外の山岳地帯や離島など物資を運ぶことが困難で、発電や送電もできない地域に向けて、LEDと太陽光発電を組み合わせた照明器具を取り付け、明かりを灯す支援を行っています。なぜこのような地域で、発熱電球でなくLEDが利用されているのか、その利点を2つあげなさい。(2017年渋谷教育学園渋谷中・下線部はこちらで引きました)

渋谷教育学園渋谷中学校(渋渋)の登場です。渋渋は豊富な資料を使って、その資料から答えを導くのが基本的なスタイルです。今回紹介した問題はその中でも紹介しやすい問題を選んでみました。
この問題を出題上のポイントは問題に引いておいた下線部です。この下線部があることで問題の難易度を下げつつ、文章から思考することで答えを導き出しやすくしており、暗記問題化を防いでいます。

もし、この問題がこのようになっていたら、どうでしょうか。

問 JICA(国際協力機構)は、海外の山岳地帯や離島などで、LEDと太陽光発電を組み合わせた照明器具を取り付け、明かりを灯す支援を行っています。なぜこのような地域で、発熱電球でなくLEDが利用されているのか、その利点を2つあげなさい。

この文章だと、LEDの利点を自力で思い出さなくては答えが出てきません。つまり、LEDについて暗記したことを思い出す必要があります。それが、下線部があることで物資を運ぶことが困難→取り換えが大変→LEDは長時間使えるはずだから交換の負担が減る、という考え方ができるようになっています。また、発電や送電もできない→電気が貴重→LEDは省エネのはず→電力の負担が小さい、と答えを導き出せたら正解が出てくるわけです。

良い問題は文章・資料の中にヒントを入れ、そこからその場で考えて答えを出させるように問題をつくっている好例といえるでしょう。

答 長期間使えるため交換の負担が少ない。
少ない電力で明かりをつけることができるため省エネになる。


中学入試プレイバック2017 「渋谷教育学園幕張中」

問 2016年に起きたできごとに関する次の文X・Yについて、その正誤の組み合わせとして正しいものを、下記より1つ選び番号で答えなさい。(2017年渋谷教育学園幕張中)

X イギリスでは欧州連合(EU)からの離脱を問う国民投票が行われ、EUからの離脱支持票が反対票を上回りました。
Y キャメロン首相が辞任し、イギリスでははじめて女性のメイ首相が誕生しました。

1.X:正 Y:正   2.X:正 Y:誤
3.X:誤 Y:正   4.X:誤 Y:誤

渋谷教育学園幕張中(渋幕)では必ず出題されている2つの文に書かれていることが正しいか誤っているかの組み合わせを答える問題です。ユニオンジャック

Xが正というのは超簡単なんですが、問題はYです。メイ首相が「はじめて」のイギリス女性首相なのかどうか。大人は簡単なんですよ。親世代にとってイギリスの女性首相といえば、「鉄の女」といわれたサッチャーなんですよね(サッチャーが初の女性イギリス首相です)。つまり、メイさんが初のはずはないので、これは誤りってわかるんです。でも、普通の小学生はなかなかサッチャーは知りませんからね。とたんに難しい2択の問題になるわけです。

この問題では、サッチャーは知らなくても解けるのですが、実際にサッチャーを答える入試問題を見たことがありますし、他には旧ソ連の指導者であったゴルバチョフも入試で登場しています。入試における「歴史」の範囲はどんどん広がっているんですという話でした。

答 2


中学入試プレイバック2017 「慶應義塾中等部」

問 暑い夏の日々を少しでも快適に過ごすため、日本人が古くから行ってきた「工夫や慣習」をひとつ挙げなさい。(2017年慶應義塾中等部)

和食の配膳や「一富士二鷹三茄子」と日本古来の文化や生活習慣からの出題が多い慶應義塾中等部は2017年は夏の過ごし方をテーマに出題してきました。この問題のポイントは「少しでも」。この一言があるだけで、少しでもということはちょっとでも効果があることならなんでもOKになすだれるんですよ。極論、うちわで風をおこすという答えを不正解にしていいか迷うぐらい。ただ、さすがに手元で風をおこすのを工夫のうちに入れていいのかきわどいので、答えとしてはお勧めできませんけどね。

風をおこして涼しくするという点でいえば、障子やふすまで風通しのいい家をつくるなんていうのは正解ですね。障子をすだれにするなんていう答えがでてきたらオシャレですね。まぁ、すだれという言葉はなかなか出てこないと思いますが。

模範解答としては打ち水で地面の温度を下げるあたりになるかと思いますが、そこにこだわる必要はなく、風鈴の音で涼しさを感じるでも正解になるかもしれません。

この問題は普段学習しているテキストでは、あまり出題されていません。ただ、気の利いた社会科教師だったら、このような話はどこかで一度授業内で触れているんですよね。そういった話が出てきたときテキストに載っていないことだからと聞き流すか、考え方を頭に入れるかその差の積み重ねが学力の差ですね。

答 障子やふすまで風通しのいい家をつくる・打ち水で地面の温度を下げる など


入試に出る歴史上の人物 「今川義元」

掛川城
1560年、桶狭間の戦い(愛知県)で織田信長に敗れたのが今川義元です。当時、今川家は三河から静岡県の遠江・駿河を治める大名でした。

昔は桶狭間の戦いといえば信長の奇襲戦法でしたが、最近の研究成果で奇襲攻撃ではなかったのが定説になっています。「海道一の弓取り」といわれ栄華を誇っていた義元にとっては(死んでしまったの当たり前ですが)、桶狭間の戦いは痛恨の出来事でした。

読み:いまがわよしもと
時代:室町時代末期(16世紀半ば)


入試に出る歴史上の人物 「狩野永徳」

重要障壁画
安土桃山時代は城の天井やふすま、屏風に障壁画(ふすま絵・屏風絵)がさかんに描かれました。その代表的な人物が狩野永徳で「唐獅子図屏風」は教科書に必ず掲載される史料の1つです。

読み:かのうえいとく
時代:安土桃山(17世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「千利休」

基本千利休
安土桃山時代、茶道を文化の域まで大成させたのが雪舟です。桃山文化を代表する人物です。

千利休はの豪商でそこから堺について質問するというのも問題のつくり方としてはあるでしょう。ただ、社会科で千利休=茶道という知識のみで十分で、もし堺を質問するなら、他のヒントもついて出題されるのが普通です。

読み:せんのりきゅう
時代:安土桃山時代(17世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「豊臣秀吉」

基本豊臣秀吉
織田信長の後継者として、1590年に天下を統一したのが豊臣秀吉です。
全国統一の基準で土地の調査を行う太閤検地や農民の武器を取り上げる刀狩を通じて農民の一揆を防ぎ、耕作に専念させる兵農分離を行いました。
また、石山本願寺の跡地に大阪城を築きました。

1592年、1597年の2度にわたり朝鮮出兵(朝鮮侵略)を行いましたが、失敗に終わりました。

重要
秀吉はキリスト教の宣教師を海外に追放し布教を禁じました。

太閤検地では土地の耕作者、土地の質・広さを統一の基準で測り米のとれる量(石高)を検地帳に記入させ、それにもとづいて年貢を納めさせる制度です。

1592年の朝鮮への出兵を文禄の役、1597年の出兵を慶長の役といいます。

標準
秀吉は1585年に関白、1596年に太政大臣になっています。

注意
「豊臣秀吉」は「豊”富”秀吉」と意外と漢字を間違えやすいので注意が必要です。
太閤検地によって、完全に荘園制度は解体されました。社会科において、「完全に」という例は珍しいので、誤っている文を選ぶ問題で出題されやすいです。

文禄の役・慶長の役は元寇の文永・弘安の役と混同しやすいので気を付けましょう。

読み:とよとみひでよし
時代:安土桃山時代(16世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「織田信長」

基本織田信長
混乱の続く戦国時代のなか、天下統一に名乗りを上げたのが織田信長です。1560年桶狭間の戦いに勝利をし、一度は協力関係にあった1573年に室町幕府を滅亡させます。1575年鉄砲を大量使用したことで知られる長篠の戦いで勝利し、その後中部地方の大半を領土とします。しかし、全国統一に乗り出す直前、家臣の明智光秀に1582年本能寺の変で暗殺されました。上記の出来事を年代の古い順に並べ替えさせる問題は1つの定番です。

織田信長は領地内で自由な商売ができるようにするため、商人の同業者組織である関所の廃止をする、楽市・楽座を行いました。
琵琶湖のほとりに安土城を建設しました。

重要
信長は元々尾張(愛知県)の国の大名でした。
また、領土内でのキリスト教の布教活動を認めました。


今川義元…桶狭間の戦いで破った駿河(静岡県)の大名
足利義昭…室町幕府最後の将軍
武田勝頼…長篠の戦いで破った甲斐(山梨県)の大名(ただし、高校入試では武田氏と名字だけ覚えておけばよい)
明智光秀も含めて信長の関連人物は覚えておきたいです。また、長篠の戦いは屏風絵が史料として問題に使われることが多く、馬の侵入を防ぐ柵を用意し、鉄砲を大量に使用したという史料から読み取る問題の出題も多いです。

信長は仏教勢力と対立をし、比叡山延暦寺の焼き討ちを行いました。一向一揆の本拠地である石山本願寺も長年の戦いの結果、降伏させています。

信長は武力によって天下を治めようという意思をあらわしたとされる「天下布武」という印章をつかいました。商人の街であるも自分の領土としました。

注意
今川にしろ武田にしろ、桶狭間の戦い・長篠の戦いで滅亡したわけではなく、その後滅亡したことに注意が必要です。「織田信長が長篠の戦いで武田氏を滅ぼした」は文章として誤りなので、気を付けてください。

改めてみると、関連項目の多さだけでいえばナンバーワンといえるでしょう。「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」


入試に出る歴史上の人物 「フランシスコ・ザビエル」

基本
1549年日本にキリスト教を伝えたのがフランシスコ・ザビエルです。

重要
ザビエルはカトリックのグループであるイエズス会のメンバーとして、活動していました。イエズス会は宗教改革によるプロテスタントの台頭に対し、古くからあるカトリック側が海外布教を行うためにつくられた組織です。宗教改革については、中学入試では出題されません。
ザビエルが九州中心に活動を行ったこと、スペイン出身であることも覚えておきたいポイントです。

注意
「フランシスコザビエル」と「・」や「=」をつけ忘れて書くと不正解になるので気を付けてください。社会科の場合、アジア系以外の外国人は名字だけで正解になる(例:ペリー)ので、ザビエルのみでも正解になりますが、フランシスコ・ザビエルはフルネームで書くことが多いので、そのように覚えておきましょう。

時代:室町時代後半・戦国時代(16世紀半ば)


スポンサーリンク