「 徒然 」一覧

社会科に関する学習法などで思ったことを書いていきます。

授業延長はしない主義!

タイトルの通りですが、私は授業延長はしない主義です。理由はいくつかあります。

1.延長する先生は好かれない
子どもたちにとって、やはり授業は早く終わってほしいものです。授業終了時間がすぎても、平然と授業を続ける先生には「早く終わってよ!」と思うのも致し方ありません。子どもたちに時間を守れといっている先生が延長ばかりでは説得力に欠けます。

2.延長してもどうせ子どもたちは上の空
授業延長をして「いやぁ、子どもたちのために一生懸命授業したなぁ」という空気を出す講師がたまにいます。それをみるたびに、「どうせ最後のほうは時計ばかり見ていて上の空でしょ」と突っ込みたくてしょうがありません。算数・数学では最後の1問の解説で子どもたちの理解度が思いのほか低くて長引くことはありますが(これは一定仕方ないと思います)、残りの時間で演習→解説ができなさそうなら最初からやらない覚悟が必要です。

3.すぐに子どもたちを送り出せる体制を整えたい
かつて、校責任者をしていた時、授業終了後に電話や用事が入って手が取られることがよくありました。その時、他の一般職員が生徒の送り出しをせずのんびりやっていたとき、すごくイラっとしたんです。今、私は授業単位で契約する非常勤講師です。校責任者の気持ちに立って誰よりも先に生徒を誘導するようにしたいと常に思っています。まぁ、半分自分の立場を守るためのアピールですが。

このように授業延長をしていないのを定着させていて子どもたちもそれを把握している状態で、授業後半に生徒が「あと、何分?」とかをこっちに聞いてくるとムカッとしますね。「授業が終わったときに授業時間は終了する」と突き放して答えます。

ちなみに、授業延長しないように授業を進めるための重要なポイントは2つです。まず、授業が半分ぐらい経った時に、時間内に終わりそうか測ることです。もう1つは、残り時間があまりないにもかかわらず新しいことをやろうとしないことです。2つ目が意外とわかっていない先生が多いですね。

時間通りに授業を終えるのがスマートな塾講師です。


武田勝頼と二代目の話

先日、NHKB1「英雄たちの選択」を見ていました。テーマとして取り上げられていたのが武田勝頼。勝頼といえば、武田信玄の息子で長篠の戦いで織田信長・徳川家康連合軍に敗れたとのいうのが出題された人物です。勝頼の代で武田家は滅亡したたため、無能のイメージが長くありましたが最近、再評価が進んでいる人物です。そもそも、勝頼の代に武田家は最大の領土を獲得しており(それも長篠の戦い以降に)、無能のはずがありません。
ただ、勝頼は四男でもともと武田領内の名門、諏訪家を継ぐことになっており権力基盤が弱かったことが紹介されていました。

ビジネスにおいて、なまじ有能な2代目は有能であるがゆえに企業の拡大を目指して失敗してしまうことがよくあるという話が出てきて、そういえば塾業界もそうだなと感じました。
進学塾業界は歴史が浅く長いところでも30~40年程度の歴史しかありません。そのほとんどが、個人塾から始まって校舎を拡大していって今の地位を作り出した企業です。おおよそ、社長はワンマンです。創業社長はワンマンでなければ、企業はなかなか大きくなれないです。
しかし、その創業社長も一線を退き、2代目に移行する企業が増えてきました。端で見ていて、「路線変更しているな」とか「妙に焦っているな」とか他所の企業のことは見えるものです。少子化は止まりませんし、塾業界は難しい時期に入っているのは間違いありません。

NHKの教養系の番組を見ていて、楽しいのは研究者の皆さん。研究者の人たちって無邪気ですよね。自分の興味のあることに一直線で向かっていくのが面白いです。「英雄たちの選択」であれば司会の磯田道史さんもそうですが、この回では城郭研修をしている千田嘉博さんが心底楽しそうに武田領の山城をめぐっていたのと、磯田さんが「うらやましぃ」と言っていたのが印象的でした。


知らないことを検索するのは大変

サイト上部の固定コンテンツに「シリーズ記事一覧」を作成しました。まず、「予習シリーズ解説」と「社会科で間違いやすい漢字大全」の記事一覧を掲載しています。古い記事を探すときに使いやすくなったと思うので、一度ご覧ください。

シリーズごとに題名をクリックすると記事一覧がでるだけなんですが、これに思いの外手間取りました。ずらっと記事名が並ぶと見づらいので、一覧を収納できるようにしたかったのですが、やり方がわからない。「ワードプレス アコーディオン」で検索すると、それができるプラグインがみつかるのですが、そもそも「アコーディオン」で検索すればいいというのを知らない。「ワードプレス 記事 開く 閉じる」とかで検索をしていたんですが、うまくいかない。わからないことは検索すればいいなんていうのは、物事を甘く見過ぎだと痛感しました。何をどう調べたらいいかわからないのでは調べようがない。そういうことです。

そして、記事を一覧にするとわかるのは、題名のミス、そして記事の欠落という悲しい現実です。予習シリーズ解説で前期の分は全部更新したつもりになっていたのですが、更新していない回があったことに愕然としました。早いうちに更新したいと思います。


子持ち塾講師の話

妻と映画「若おかみは小学生」を見てきました。映画の感想を書くのは難しくて「よかった!」といえず、自分の語彙力のなさにがっくりさせられます。まぁ、感想はインターネットにごろごろ転がっているので、探してもらえればいいかと思います。
泣かせようという意図でつくられた映画出ないけど泣ける映画というのは、大体いい出来ですよね。といっても、私は泣けなかったです。小さいころ、泣き虫で咎められることが多かったためか泣くことにコンプレックスがあるようで、泣きそうになるとぐっと堪えてしまうんですよ。メンタル的には泣いたほうがすっきりするのは間違いないのでそんな気質です。

映画では別離と自立が大きなテーマの1つになっていますが、子どもができて以来子どもが出てくる映画やドラマを見る目線が完全に親目線になってしまいました。完全に子どもを応援する目線で見てしまいます。昔見た作品でも全然違う目線で見ていることがあってびっくりしますね。

そういえば、時々「子どもを持たないと親の気持ちが分からないから塾講師としては半人前」という話を聞きます。今の時代、子どもを持たないという選択肢もありますかし、1つの絶対的な真理なんて言うものはありません。ですが、子どもを持つと親の気持ちがわかるというのは事実ですね。まず、私自身仕事では生徒ができなくてもイライラはまずしないですが、自分の子どもができないとすぐイライラします。やっぱり、自分の子どもへの情愛が深すぎるからなんでしょうね。保護者に「子供にあまり怒ってばかりなのはよくないです。…といっても怒っちゃいますよねぇ」というとすごく納得されるようになりました。

講師として若いうちは親の気持ちってわからないですし、保護者も分かると思っていないから問題ないんですよ。そこは、若さと情熱でやっていけます。問題はある程度の年齢(保護者と同年代)になったときですね。その年齢になってくると、保護者の自分の子どもへの思い入れというのを感じるようになります。その時に、自分にも子どもがいるのはやはりアドバンテージですね。なにしろ、自分も子どもができた時点で自動的にその気持ちを持っているわけですから。
申し訳ありませんが、この気持ちは子どもを持っていない人には完全にわかるのは難しいと思います。ただし、子どもがいなくても塾講師として一線級の人はいくらでもいます。そういう人たちは、技術的な部分での対応ができていたり、他の強みがあります。
塾講師に限らずですが、1つの仕事を長く続けるにはいろんな経験が必要だということです。


保護者が考える「塾で成果が出ている」とは

保護者の方と話をしていると、「うちの子塾で勉強してても全然成長していない」ということがでてくることがあります。要は、塾に対して「もっと成績あげてよ」というお願いなのですが、今回はここらへんのメカニズムについて少しお話してみたいと思います。

こういう話の出るときの子どもの成績を保護者のイメージでグラフ化するとこんな感じです。

実際こんなに成績が動ないときはないですから、あくまで模式的なものですよ。でも、保護者の立場でみるとこうなりのも分かります。保護者にとって指標は点数や偏差値です。これが変わっていなければ、成長してないように感じるんですよね。

ですが、実際は違います。実際の子どもの学力を図式化するとこうなります。

右肩上がりです。これは、これで当たり前です。なぜなら、毎回子どもたちは新しい知識を学習するわけで、その分賢くなっているんです。覚えたことを忘れるのもあるので、もちろんこんな単純な話ではありませんが、成長していないということはないんですね。

では、なぜ成長していないように感じるか。その正体はこれです。

身もふたもないことをいえば、みんな努力しているからです。みんな同じように学力が付いたら、順位は変わりません。これが、「みんな成長しているので自分の子をが成長していないように見える現象」です。

成績が上がるというのはこういことなんです。

青のグラフに注目してもらえれば分かりますが、オレンジを抜くには成長曲線でオレンジを超えないと成績が上がらないんです。成績が上がるというのは、勉強の質において他の子に抜きんでているということをぜひ子どもたちのために理解してやってほしいと思います。成績を上げるというのは子どもたちにとってはすごいことなんです。
塾にとっては(塾内のテストである限り同じメンバーでの競争なので)成績が上がる子がいるということは下がる子もいるわけです…。


約25億年前からの遺産→鉄鉱石

先日、NHK_BS1の「地球事変」という番組を見ていました。地球に酸素が大発生した理由を説明する回だったのですが、そこでオーストラリア西部にあるカリジニ国立公園という赤い峡谷が出てきました。なぜ、赤い土かというと地球に多く含まれる鉄分が太古の海へ流れ出し、それが酸素と結びついて酸化鉄となり海底に降り注ぎ、隆起して現在に残っている、つまり酸化により赤い土になったそうです。

酸素は特殊な元素ですぐに他の元素と結びつきたがる「寂しがり屋な元素」という説明がありました。鉄もそういう性質があります。太古の海にはそういった酸化鉄がたくさん降り注いだとされます。そこで、ふと思い出したのが社会科でもオーストラリア西部で鉄鉱石が、東部で石炭が取れるという知識です。持っている知識がふと結びつくと嬉しいものですね。

日本にとってオーストラリアは最大の鉄鉱石の輸入相手国です。2位のブラジルも同様の赤鉄鉱由来の鉄鉱石が産出されるそうです。そう考えると、今日本人が使っている鉄は何億年も前からの贈り物ということになります。資源は大事に使いたいですね。


塾講師は自転車をきっちり停める

今、私は通勤で最寄り駅まで自転車を使っています。無料の駐輪場を使っているので、特に感じるのですが駐輪場の自転車の止め方が本当に皆さん雑。斜めに止めている人もいれば、中途半端な余白をあけて止める人もいます。駅に少しでも近いところに止めたくて、すでに満杯のところにぐりぐりこじ開けながら詰めようとする人も。

そんな中、自分でいうのもなんですが私はかなりきっちり止めるんですよね。隣の自転車に詰めてまっすぐ止めることに明らかにこだわっています。これは、職業病ですね。塾は自転車で通ってくる子どもたちがたくさんいますので、当然自転車で溢れます。授業前に、その自転車を整理するのも一つの仕事です。外から見たときに自転車がきれいに整頓されているだけでも「しっかりした塾」という評判につながります。

若いアルバイト講師を評価するときも進んで自転車の整理をするか、言われてするか、その違いは大きいですね。自転車の整理なんて言う仕事は誰にでもできることです。その時間を社員など他にする仕事が多い人がやるのではなく、手の空いている人間がさっとやれる校舎が運営がスムーズです。そういう作業をあえてベテランがすることで若手に見せることもよくありますが、それに感化されて若い人がやるようになるかは別なんですよね。自転車の整理1つで校舎の運営状況が見えるという話です。

自転車はまっすぐ詰めて止めると思いのほかたくさん止めることができます。皆さん、周りへの配慮を心がけましょう。


塾講師には声色の使い分けが必要

プリントを配る先生どんな仕事でも状況に応じて話し方を工夫する必要があると思います。塾講師というのは仕事柄、いろいろな声色・喋り方を使い分けることが求められます。ざっと箇条書きにすると

  • 小学生低学年と話すとき
  • 小学生中学年と話すとき
  • 小6受験生と話すとき
  • 中学生と話すとき
  • 生徒に注意をするとき(軽度・中度)
  • 保護者と話すとき

ざっとこれぐらいでしょうか。

小学生の低学年としゃべるときは、話す内容はもちろんですが、とにかくゆっくり丁寧にしゃべります。自分の実際の目線もできるだけ下げて、生徒を上から見下ろしすぎないように注意をします。

中学年になるともう少し砕けた感じになります。ただ、新しく入ってきた生徒がいる場合は、改めてゆっくり説明することもあります。私は中年男性なので、若い先生に比べてどうしても構えられることが多いので、初めての授業の入りは特に気を使います。

小6受験生はそれに比べてはるかに楽です。6年生ともなると一定期間授業をしているので、こちらがどんな感じで授業をしているか分かっているからです。とはいえ、受験生というのは精神が不安定になりがちなので不用意なことをいわないように心がける必要はもちろんありますし、ずっと授業をしているからと言って通じないことだってたくさんありますからね。
季節講習だとありがちな時間割なのですが、小3の授業をした後に小6の授業をするとテンションが全然違うので一瞬調整に戸惑います。

中学生に対しての話し方はそれほど意識しません。ただ、初対面の生徒がいるときは当然ですが丁寧ですね。中学生の場合は学年以上に学力クラスでしゃべる速度が変わります。上位クラスでは、どんどんしゃべって板書できますが、中下位クラスで同じことをすると、生徒がアップアップになります。その差が学力の差に直結しているとも言えますが。

生徒に注意をするときは、特に声色を使い分けます。たとえば、事務所にいるときに校舎全体が騒がしいなと感じたときは高い声(私はもともと声が高いです)で校舎全体に響くイメージで注意しますし、授業中に注意をするときは普段よりも低い声で話します。

保護者の方は当たり前ですが、大人ですから喋り方も変わります。たとえば、挨拶一つとっても生徒にするあいさつと保護者に対するあいさつでは微妙に変えています。生徒に対して、あまりかしこまった挨拶をすると心理的な距離感が広がってしまいますが、保護者にはその距離感が必要です。だから、生徒と保護者が一緒に来た場合、イントネーションの違うあいさつを2回にすることになります。

塾講師にとって、声は武器なのです。


塾講師の力量を公平に測るのは難しい問題

子どもたちがテストの結果で評価されるように、塾の講師も子どもたちのテストの結果に応じた評価をされます。今回は、その評価をするのは割と難しい話です。

まず、担当しているクラスの成績が高い=優れた講師とは限らないからです。もともとの学力が高いクラスであれば、ある程度の偏差値をとれるものです。ですので、単純にクラスごとの偏差値だけで講師の教務評価はできません。

結果として、期間内に担当クラスの成績をどれだけ上昇させたかを評価基準する場合が多いです。これにはこれでネックがあって、もともと学力の高いクラスは成績向上の余地がもはやないことが大半です。つまり、偏差値40のクラスを50にすることと、偏差値60のクラスを70にするのは同じプラス10でも難易度は全く違います。クラス偏差値70は事実上発生しません。ちなみに、猛者ともなると調査機関最初のテストではそれほど点を取らせに行かず、後のテストで点が取れるように指導をする、というかできる講師もいます。

そもそも、クラスごとの平均偏差値の場合、年度の途中で学力的に劣る新入室の生徒が入ってくると、当然クラス偏差値は低下します。逆に、クラスに賢い生徒が入塾した場合それだけでクラス偏差値が上がる場合もあります。これを防ぐために、調査期間の初めから入塾している生徒の成績だけを抽出する場合もありますが、これはこれで入室してすぐ成績アップにつなげた場合、一番評価されるべきにもかかわらず集計されない問題が発生します。

塾で生徒の成績を講師の評価に活用する場合は担当のクラスの成績上昇度と、そもそも生徒が持っている偏差値の2つをもとに評価します。成績上昇度と絶対値の配分というのが難しく、この成績上昇の評価を聞いて「あっ、そうだったんだ」というのが大半です。

ただ、誤解してほしくのはないのが、今まで見てきたデータを改めて振り返ると、高い教務力を持っている講師は、安定してランキング上位にいます。正確な判定は難しいけど、講師の力量を判断する基準とはなっているということです。


西の神戸、東の横浜

2年ほど前ですが、名古屋市が国内主要都市の魅力度を調査した結果名古屋市が最下位だったことを公表し、話題になりました。この調査で比較対象になったのは、名古屋市のほかに札幌市・東京23区・横浜市・京都市・大阪市・神戸市・福岡市と名だたる観光都市ばかりだったので、産業都市である名古屋市は不利な調査でもあったのですが。

この調査に触発されて、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が全ての政令指定都市と東京都市部で行ったアンケート調査が面白かったので今回はそれを紹介したいと思います。このアンケート自体は1年前に行われたもので、発表直後に見て以来ずっと紹介したかったんですよ。

アンケート結果の概要にもあるのですが、福岡市在住の人たちの自己肯定感がとにかく高い。政令指定都市+東京都市部で魅力を感じる都市を3つ挙げる質問で、実に94%の人が自分の街、福岡市を挙げています。項目ごとの評価を見ても「住む」「働く」「子育て」「遊ぶ」「学ぶ」「多様性」ありとあらゆる項目で福岡市が上位に来ています。
福岡市が国勢調査で人口100万人を突破したのが、1975年。それ以降も人口は増え続け現在約153万人と、政令指定都市の中ではトップの人口増加率を誇っています。勢いのあるアジアとの玄関口というのも福岡市の強みなんでしょう。
せっかくなので、「現在お住まいの都市を含む21都市の中で最も魅力的に感じる都市を3つ選んでください」という質問の結果を表にしてみました。それぞれの都市の下にある数値が自分の都市を魅力的と入れた人の割合で、矢印の先がそれ以外の都市で割合が最も高かった都市とその数値です。
福岡は先ほど挙げた通りなんですが、横浜市と神戸市が高い。周囲の都市からの人気が東京や大阪よりも断然上なんですよね。それぞれの都市でどんなイメージがあるかキーワードで回答してもらった質問があるのですが、この2つの都市は違います。たいていの都市では、「便利」「ほどほど(東京都市部の22%の人が自分の街をほどほどと評しているのですが、東京の何がほどほどなのか意味が分からないです)」が上位に来る中、横浜・神戸は「おしゃれ」が上位に来るんですよ。さらにいうと、「ハイセンス」と選んでいる人が神戸で34%、横浜で26%もいる(ちなみにこの質問でハイセンスを選んでいる人が1割を超えているのは、この2都市だけ)。すごいです。なかなか自分の街を「おしゃれ」で「ハイセンス」と言えないです。そして、周りの都市もそれを認めているんですよね。
ちなみに、京都市は「伝統的」で「日本らしく」「落ち着きがある」といういかにも京都らしい結果が出ています。
上の表をつくりながらびっくりしたのが大阪市の不人気。魅力を感じる都市のアンケート結果は上位5位までがそれぞれの都市ごとに掲載されているのですが、堺市の3位に大阪市が入っているだけで他はランク外。近隣の大都市である京都と神戸は互いに認め合っているのに、大阪だけのけものという残酷な結果がでていました。ちなみにそんな大阪は自分の都市を「エネルギッシュ」で「カオス」だと思っています。
なお、この調査のきっかけになった名古屋市は「ほどほどに便利」だが「保守的で地味」という結果でした。
政令指定都市の中で圧倒的に切ないのが北九州市。魅力を感じる都市で自分の都市よりも他の都市を上にあげたのは北九州と相模原だけです(相模原は仕方ない)。北九州のイメージは「ほどほど」で「便利」。ここまでは、他の都市とそれほど変わらないのですが、「レトロ・ノスタルジー」ときて「停滞」「地味」「寂れている」…。福岡市が人口を増加させている裏で、かつては百万都市だった北九州市の現在の人口はじりじり減少し、2015年で96万人。その結果がストレートに出ています。
がんばれ北九州市。

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