「 歴史 」一覧

歴史に関する人名・用語の解説です。

中学入試プレイバック2020 「フェリス女学院中学」


学制について説明した分のうち誤りを選ぶ定番問題です。

明治政府は1872年に学制を公布し、男女ともに4年間の義務教育が始まりました。学校の建設費の負担は重く、当時は子どもは重要な働き手だったということもあり、学制に反対する一揆も多く起こりました。当初は男子で50%、女子で20%程度の就学率でしたが、明治時代の終わりにはともにほぼ100%になりました。

ということで、この問題の選択肢ア・イは正しい選択肢の定番、ウは男女が逆という誤りの定番といえるオーソドックスな問題です。正誤問題は定番とよべる問題はあるので、そういった問題はきちっと覚えておきたいところです。

答:ウ


中学入試プレイバック2020 「桜蔭中学」

江戸時代、将軍が代わるたびに朝鮮から祝いの使者が送られました。これを朝鮮通信使といいます。なお、通信使でも正解です。入試では、不思議とよく出題されるんですよね。朝鮮通信使。江戸時代前期の外交を初めて学習するときは、歴史の流れの説明を優先するため名前を触れるだけですが、入試では最重要語句の1つです。まぁ、東アジアとのかかわりをテーマを問題を作成するのは定番なので、適度な難易度の問題として使いやすいんでしょう。

ちなみに、不思議とよく出る定番の1つに律令時代に荷札などに使われた「木簡」があります。桜蔭中学では、こちらも出題していて個人的にはなんとなく揃い踏み感がありました。

答:(朝鮮)通信使


中学入試プレイバック2020 「筑波大学附属駒場中学」

以前の記事で書いた通り、あてはまる選択肢全てを選ぶ問題は見た目より難易度が高くなりがちな問題です。

アはラジオ放送が始まったのは1925年なので、関東大震災(1923年)のときはラジオ放送が始まっていないため誤りです。この辺りの時代順は割と並び替え問題で出題されるので、筑駒レベルの生徒なら、大半出来るでしょう。
イ・ウはテキスト等で触れられる関東大震災の内容ですね。
エは、東日本大震災の話のため誤り。戦前も復興庁というのがおかれた…かもと思ったりするとひっかかりそうなので、少し難しめ。
オは防災の日ではない別の日とか変に考えすぎなければ正しいと答えられそう。

答:イ・ウ・オ


入試に出る歴史史料 「御成敗式目」

第三条「諸国の守護の職務は、大番(京都の御所の警備に当番で当たること)を御家人に催促すること、謀反や殺害などの犯罪者を取りしまることで、それ以外はしてはならない。」
第五条「地頭は、荘園の年貢を差しおさえてはならない」


鎌倉幕府の3代執権である北条泰時がさだめたきまりが御成敗式目です。御成敗式目は、武士としてのしきたりや土地をめぐる争いに関する基準を定めたものです。全く新しい決まりをつくったというよりは、それまで慣習として行われていたものを文章にまとめたものといえます。入試的には、あくまで武家社会のルールなので、公家に対しては適応されなかったことは注意が必要です。

守護・地頭といったキーワードから鎌倉時代という特定が簡単ということあり、史料のみで御成敗式目そのものを問う問題も出題されます。武士がつくったきまりということで武家諸法度あたりと分けて理解する必要がありますね。


入試に出る歴史史料「承久の乱」

武士たちは、以前は3年間の都の警備を終えたとき、(中略)とぼとぼ歩いて帰ってきたではないか。頼朝公はそれをあわれに思い、3年を6か月に縮め、生活が成り立つようにされたのだ。この情け深い御心を忘れて、京都に味方するのか。それとも鎌倉にとどまって、将軍家に奉公するのか。今はっきりと申してみよ。


1221年におきた承久の乱のとき、御家人を結束を促すために源頼朝の妻、北条政子がいったとされる言葉です。承久の乱とそれをおこした後鳥羽上皇、乱に勝利した幕府が京都につくった六波羅探題と関連事項の多い史料です。入試で再頻出の史料の1つといえるでしょう。
上の史料の「頼朝公」の部分は本来「故右大将軍」と表記されており、この部分に下線を引いて源頼朝を答えさせる問題もありますね。


入試に出る都道府県 「奈良県」


・世界最古の木造建築である法隆寺がある。世界文化遺産に登録されている。
・710年に平城京に都がおかれた。東大寺・金剛峯寺などが世界文化遺産に登録されている。


・県南部の紀伊山地では林業が盛んで吉野すぎが有名。


・地図中Aは県庁所在地の奈良市。中学受験では、県庁所在地の場所を活用する問題が出題されることがあり、奈良市は県の最北部にあることに注意。


・大和郡山では金魚の養殖がさかん。

中堅以上の学校では、都道府県の形からどの都道府県かをわかるようにしたいですが、内陸県はそれが難しいので少し意識して覚えたいところです。

面積:約3690㎢(2019年)
人口:約133万人(2019年)


入試に出る歴史史料 「平家物語」

六波羅殿(平清盛)の一族のご子息といえば、たとえ家柄の高い貴族でも肩を並べることや顔を合わせることはできなかったのです。一門の平時忠は「平家一門でないものは、みんな人ではない」とまでいいました。


有名な「平家でない者は人ではない」という平家の栄華、もしくは驕りを表した資料です。入試では、この史料から「武士で初めて太政大臣になった人物→平清盛」を聞く問題が定番ですね。

この史料の注意ポイントは「六波羅殿」という言葉です。六波羅というのは京都の地名で、平清盛がここに邸宅を構えたため六波羅殿とよばれるようになりました。別に覚えるような知識ではないのですが、中途半端に丸暗記している生徒は「六波羅」という言葉だけに反応して、鎌倉時代の六波羅探題と混同することがあるので、問題で出てきたときに一言触れるようにしています。


入試に出る歴史史料 「土佐日記」

男もすなる日記というものを女もしてみむとてするなり


平安時代中期に紀貫之によって書かれた紀行文が土佐日記です。上の文章はその冒頭部分になります。当時、かな文字は女性が主に使うものだったため、女性にかこつけてかかれているのが特徴です。

この史料も、史料だけで作品名が判別できないといけないレベルではありません(社会科は)。紀貫之は、古今和歌集の編者でもあるので紫式部・清少納言についで国風文化の重要人物として覚えておきたいです。


入試に出る歴史史料 「望月の歌」

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば


藤原道長が、三代続けて自分の娘を天皇の后とした満足感からよんだ歌です。平安時代を代表する歴史史料として再頻出ですね。

藤原道長といえば自分が行った摂関政治、息子で平等院鳳凰堂をつくった藤原頼通という重要事項と直接つながありがある人物です。さらに、道長の娘に「源氏物語」でおなじみ紫式部が仕えていました。そのため、この史料1つで国風文化に関する知識もアプローチしやすいという、出題する側にとって便利な歴史史料です。


入試に出る歴史史料 「尾張国郡司百姓等解」

尾張国の郡司と人民が太政官の裁断を請願すること

国守の藤原元命(ふじわらのもとなが)が三年の内に収奪した非合法な官物や不正行為について三十一か条にわたって嘆願書を提出します。


平安時代に入ると律令政治が乱れ、国司の不正が横行しました。その国司の不正について説明するときに使われるのが上の資料です。資料そのものは教科書に載っていることが多いですが、この史料だけで答えを求める問題はあまり出題されません。
この史料で聞かれるのは国司についてです。国司というのは、律令政治において中央からそれぞれの国を任された中央貴族です。

似たような資料で鎌倉時代の地頭の横暴を訴える史料もあるので、注意しましょう。


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