「 歴史 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「親鸞」

重要
親鸞鎌倉時代に成立した浄土真宗の開祖とされるのが親鸞です。浄土宗の法然は師にあたります。親鸞自身に「浄土真宗」を開いたという意思はなく、弟子がその教えをまとめ成立させていったのが現在の浄土真宗で、室町時代以降は一向宗ともよばれるようになります。

注意
見てのとおり漢字が難しいため、逆に漢字指定ではあまり出題されない人物です。

読み:しんらん
時代:鎌倉初期(13世紀前半)


入試に出る歴史上の人物 「法然」

読み:ほうねん知恩院
時代:鎌倉初期(12世紀末)

重要
「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえることで往生できる(幸せになれる)という浄土宗の開祖とされるのが法然です。浄土宗の開宗は1175年なので、厳密には平安時代末に始まったことになりますが、社会科的には鎌倉時代の仏教に含みます。

注意
法然の弟子とされる親鸞(浄土真宗)との区別が重要です。


入試に出る歴史上の人物 「藤原定家」

読み:ふじわらのさだいえ(ていか)和歌を詠む人
時代:鎌倉前半(13世紀初め)

標準
鎌倉時代を代表する歌人で「新古今和歌集」編集の中心人物が藤原定家です。「小倉百人一首」を選んだ人物とされます。

注意
「藤原」「古今和歌集」といえば平安時代ですが、藤原定家「新古今和歌集」は鎌倉時代なので注意が必要です。


入試に出る歴史上の人物 「竹崎季長」

読み:たけざきすえなが
時代:鎌倉後半(13世紀後半)


元寇の時の様子を描いたことで有名な史料である「蒙古襲来絵詞」に登場する御家人竹崎季長です。

竹崎季長自身は入試的にはマニアックな名前です。しかし、「蒙古襲来絵詞」は集団戦法や火薬兵器(てつはう)に苦しめられた御家人の姿を映す史料として、極めて重要でこの部分は重要レベルです。




入試に出る歴史上の人物 「平清盛」

平清盛基本
1156年武士で初めて太政大臣になったのが平清盛です。宋との貿易(日宋貿易)を行ったことも入試で頻出です。

重要
平清盛は1156年におきた天皇家や貴族の争いである保元の乱に天皇方で加わり力をつけました。その後1159年の平治の乱でライバルの源義朝をやぶり権力基盤を固めました。
平清盛は兵庫で宋との貿易を行いました(中学入試では大輪田泊という地名も覚えておきたいところです)。また、広島にある世界文化遺産で日本三景の安芸の宮島でもある厳島神社を整備したのが清盛です。


権力を握った清盛は自分の娘を天皇の后にするという藤原氏が行ってきた手法をとり、既存の武士の反感を買うきっかけになりました。

読み:たいらのきよもり
時代:平安末期(12世紀半ば)

例題)平安時代、平清盛は武士としてはじめて太政大臣となり、政治の実権を握った。平清盛が行ったことについて述べた下の文中の空らんに入る適切な内容を書きなさい。(2018年青森県公立高)

平清盛は(     )ために、兵庫(神戸市)の港を整備した。

答)日宋貿易を行う


入試に出る歴史上の人物 「源義朝」

標準
1156年におきた保元の乱で天皇方で活躍し、その後おきた平治の乱でライバルである平清盛に敗れたのが源義朝です。源頼朝・義経の父親です。

平清盛のライバル、源頼朝・義経兄弟の父親という歴史的にみて重要な人物に関わるキーパーソンです。ただ、源義朝自身はそれほど入試に出るわけではありません。

読み:みなもとのよしとも
時代:平安末期(12世紀半ば)


入試に出る歴史上の人物 「白河上皇」

読み:しらかわじょうこう
時代:平安後期(11世紀後半)

基本
サイコロ天皇の地位を退き、上皇となった後も後も政治の実権を握る院政を初めて行ったのが白河上皇です。


「鴨河の水、双六の賽、山法師(僧兵)はわが心にかなわぬもの」
という白河上皇の言葉が伝わっており、川の水やサイコロの目と比較されるほど、寺院の力が強かったことを示す史料として登場します。


入試に出る歴史上の人物 「源義家」


11世紀後半に東北地方でおきた前九年の役・後三年の役で活躍した武士が源義家です。義家の活躍で源氏の勢力が東日本に広がりました。

前九年の役・後三年の役については中学・高校入試では出題されません。東国で活躍した武士として源義家を知っておけば十分です。

読み:みなもとのよしいえ
時代:平安中期(11世紀後半)


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