「 歴史 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「蘇我蝦夷・入鹿」


645年の起きた大化の改新で、暗殺されたのが蘇我蝦夷・入鹿親子です。それまで、蘇我氏が強い権力を握っていましたが、権力を天皇方に取り返そうとした中大兄皇子によって排除されました。

暗殺されたということだけで出題されるかわいそうな人たちですよね。

読み:そがのえみし・いるか



入試に出る歴史上の人物 「中臣鎌足」


645年からおこった大化の改新中大兄皇子の協力者として活動しました。後に、藤原の名字を授かり、藤原氏の始祖となりました。

「藤原」の名を授かったのは、亡くなる直前だとされるので、大化の改新がおきたときは「中臣鎌足」が正解になります。中高受験社会で「藤原鎌足」と書く場面はほぼありません。

読み:なかとみのかまたり


入試に出る歴史上の人物 「中大兄皇子(天智天皇)」


645年、朝廷で強い権力を握っていた蘇我氏を滅ぼし、天皇中心の政治を目指しました。この一連の動きを大化の改新といいます。これに協力した人物として有名なのが中臣鎌足です。


663年、朝鮮半島の友好国だった百済を助けるため兵を送りますが、唐・新羅連合軍の前に白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦いで敗れます。その後、中大兄皇子は天智天皇として即位をしています。天智天皇の死後、後継ぎ争いがおこりました。これを壬申の乱といいます。


白村江の戦いで敗れた後、都を近江(滋賀県)の大津京に移しています。

近年の入試は、外交関係を重視するところがあり昔と比べて白村江の戦いの重要度は上がっています。大化の改新のときはまだ天智天皇になっていないので、「大化の改新の中心人物」が出題されたときは中大兄皇子と答えましょう。また、「大化」は日本で最も古い元号とされていますが、実際に元号が使われるようになったのはもう少し後の時代からというのが最近の研究成果です。

読み:なかのおおえのおうじ(てんじてんのう)


入試に出る歴史上の人物 「小野妹子」


聖徳太子の指示のもと、遣隋使として派遣されたのが小野妹子です。


遣隋使の狙いの一つとして、対等な立場で中国と外交関係を結ぼうとしたことがあげられます。

小野妹子は他の時代の外交官(たとえば、遣唐使の犬上御田鍬)と比較しても登場頻度の高い人物ですね。よく考えると、ちょっとだけ不思議です。

読み:おののいもこ




入試に出る歴史上の人物 「聖徳太子」

聖徳太子
593年、おばである推古天皇摂政についた人物が聖徳太子です。
聖徳太子は603年、能力ある役人を取り立てるため冠位十二階を制定しました。翌年、役人に対して心構えを示す十七条の憲法(憲法十七条)を制定しています。
607年、小野妹子を遣隋使として派遣しました。これらの内容は時代順に並べ替えをする問題の定番です。

また、現存する世界最古の木造建築である法隆寺をつくらせました。聖徳太子の頃の文化を飛鳥文化といいます。


聖徳太子に協力した豪族に蘇我馬子がいます。

「聖徳太子」という名前は死後よばれるようになった名称のため、高校の教科書では厩戸王(うまやとおう)という表記が主流になっています。中学校の教科書でも「聖徳太子(厩戸王)」という書き方がされています。
最新の研究成果で教科書の扱いが変わった筆頭にあげられる聖徳太子ですが、今でも重要人物なことに変わりはありません。

読み:しょうとくたいし


入試に出る歴史上の人物 「ワカタケル大王」

前方後円墳
中国の歴史書「宋書」倭国伝に朝鮮半島の支配権を求めて使者をおこった「倭王武」がワカタケル大王です。日本書紀などで登場する雄略天皇がワカタケルではないかと推測されています。


埼玉の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳でワカタケル大王の名前が刻まれた鉄剣が発見されており、大和王権の勢力が関東地方から九州まで広がっていたことがわかる重要な情報です。

読み:わかたけるのおおきみ


入試に出る歴史上の人物 「卑弥呼」

ひみこ
3世に成立したとされる邪馬台国の女王が卑弥呼です。
邪馬台国、卑弥呼については中国の歴史書である「魏志」倭人伝に記録がありますが、邪馬台国の場所は分かっていません。


まじない(呪術)によって国を治め、ほとんど人に会わず弟が政治を補佐したとされています。

小6の90%が知っている超有名人の卑弥呼ですが、テストになると「卑弥”子”」「ひみこ」と漢字が書けない生徒が続出する人物です。

読み:ひみこ


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