「 歴史 」一覧

中学入試プレイバック2019 「栄光学園中学」

旧国名と現在の都道府県を一致させる問題は入試でもそこそこ出題されます。全ての旧国名を覚えることは難しいですが、旧国名は伝統工芸品や地形名で今も使われていることが多く、その範囲で出題されることがほとんどです。

アの岡山県は「備前」焼、イの福井県は「越前」和紙で覚えておきたいですね。ともに「前」という感じが使われていますが、これはその地域の中で当時の都(畿内)に近いことを表します。例えば、越中が富山県、越後が新潟県です。
旧国名は律令政治の頃につくられたため、当時の朝廷の支配外だった東北地方は陸奥・出羽と2つに大分されていました。明治になって、陸前・磐城に分けられています。

この問題は「筑後」川、「筑紫」平野といったあたりに気が付けば、筑前は福岡県であると考えることは容易でしょう。むしろ、正解しないといけない問題です。

今回この問題を取り上げたのは、九州の都道府県と旧国名はごちゃごちゃしてるよなぁと思ったからです。地図にしてみると分かります。

福岡県がごちゃついてる。調べていたらこんな記事がありました。

なぜ?街の真ん中に「国境」 住宅街の中に突然、大きな石碑 北九州市(西日本新聞)

同じ県でも地域が違うことはよくありますが、なかなかややこしいそうです。ちなみに、このパターンに当てはまるのは、他に兵庫県があります。あそこも、ややこしい。

答:ウ


中学入試プレイバック2019 「女子学院中学」

歴史の並べ替え問題を解けるようにするために年号を覚えたほうがいいかと聞かれることがあります。私個人は「別に全部覚えなくてもいい派」なのですが、その理由は年号をはっきりいえなくても答えが出せるようになっている問題が多いからです。

この問題でいうと、まずイの鉄道開通は明治維新期ですよね。ウはごく最近の話で、オの八幡製鉄所は日清戦争の賠償金でつくられたという基本知識があります。ここに年号を覚える必要はないわけです。そうは言いながらも、鉄道開通は1872年で、八幡製鉄所は1901年と知っておいて損はないですけどね。1872年は郵便制度、富岡製糸場が同じ年ですし、1901年は足尾銅山鉱毒事件(に関して田中正造が天皇に直訴した)と、重要な出来事がおきている年ではあります。

さて、アとエです。
まず、アの年号は私も知りません。ただし、時期を推測することはそれほど難しいことではありません。なぜ石炭の採掘が行われなくなったかを考えればわかります。それは、輸入石炭に比べ国内の石炭のほうがコストがかかったこと、なによりエネルギー革命によりエネルギーの中心が石炭から石油に移ったためです。エネルギー革命は高度経済成長期の1960年代におきていますから、それからしばらくしてだろうという推測がたちます。問いで「本州にある」と限定しているのは、九州の三池炭鉱などは平成初期まで採掘が行われており、ウ(平成)と時期が近くなることを避けるためだと思われます。
エは長州藩の炭鉱は知らなくても、「藩」なので江戸時代と特定できます。なお、宇部炭田のことだと思われます。ちなみに宇部炭田の閉山は1967年だそうです。

そうすると、江戸→明治初期→明治後期→昭和→平成ときちんと時代が分かれていることが分かりますね。これで十分です。過去問の演習で年号を覚えるべきものと不要なものは、きちんと分けて考えることが重要です。

答:エ→イ→オ→ア→ウ


入試に出る歴史上の人物 「リットン」

注意
1931年に柳条湖事件をきっかけに満州事変がおきました。中華民国が訴えた結果、国際連盟により調査団が派遣されました。この調査団の団長がリットンです。調査の結果、満州事変後成立した満州国は認められず日本は国際連盟を脱退しました。

リットンは意外と入試で出題されます。満州事変を調査している写真が有名ですね。

時代:20世紀前半(昭和戦前)


中学入試プレイバック2019 「慶応義塾中等部」

やはり出ました。元号問題。以前、「入試に出る元号一覧」という記事を書きましたが、ほぼそのまま登場しました。問題の印象としてはちょっと安直すぎるんじゃないかとも思います。慶應義塾は時折、そういう問題を出しますね。

少しいちゃもんを付けるなら、⑤で元軍が暴風雨によって大損害を受けたという説明ならば、答えは「文永」ではなく、「弘安」のほうが適切ですね。元寇といえば、「神風」が吹いて元軍が撤退したという話が有名ですが、文永の役のときは天候関係なく元軍が撤退したという説もあります。それに対して、弘安の役のときに暴風雨が吹いて多くの船が沈没したのは間違いないからです。

④の法律は御成敗式目です。貞永式目という言い方もしますので、それが頭にあれば大丈夫でしょう。
⑧の慶応は、この中では難しめ。もっとも、他の選択肢を除いていけば答えられるはずです。

⑨の平成の文章は工夫を感じますね。明治・大正・昭和は天皇の諮問機関である枢密院によって決定されました。「政府」と鍵かっこを付けているのはそういう理由です。

2019年5月1日に新しい元号に代わります(早く発表しようよ)。来年の入試でも、同様の問題は出題されるでしょう。

答:①オ ②カ ③ク ④エ ⑤キ ⑥イ ⑦ア ⑧ウ ⑨ケ


中学入試プレイバック2019 「筑波大学付属駒場中学」

人口重心とはなかなかマニアックなところをついてきました。現在(2015年)の人口重心は岐阜県関市にあります。関市は刃物で有名な街です。上の地図を見てわかるように近年、人口重心は南東に動きつつあります。人口が南東に集まりつつある、つまり関東地方に人口が集中していることが分かります。

今回の問題では、縄文時代の人口中心がどこにあったかを答える問題です。もちろん、受験生の99%が知らない知識ですから、その場で考えて解くことになります。
ポイントは、「木の実を付ける落葉広葉樹林の広がる東日本が、照葉樹林の茂っていた西日本より食料を得ることが容易だった」という一文です。食料が豊富ということは人口が多いということです。つまり、当時の人口中心はやや東寄りだったことが予測できます。それを考えると、答えはオの長野県ということになります。ちなみに、人口中心が長野県にあるということは、関東北部や東北地方に多くの人口がいたことがいえるでしょう。

あらためて見ると、縄文時代を代表する三内丸山遺跡は青森県です。それ以外にも大森貝塚(東京都)縄文時代の遺跡が東日本には多くあります。これが、弥生時代になると唐古遺跡(福岡)、吉野ケ里遺跡(佐賀)など西日本にも遺跡が増えていきます。そして、古墳時代では近畿地方に多くの古墳があり、ヤマト政権の勢力が畿内を中心に広がりました。

時代によって、中心となる場所は変わっていくことが分かりますね。

答:オ


中学入試プレイバック2019 「桜蔭中学」

今回取り上げた問題は、普段だとグラフで出題されることが多い問題です。実例をお見せします。

同じことを聞かれていても出題形式が変わると違う印象を受けますね。

1890年に輸入品の上位だった綿糸が、1910年には輸出品に変わっていることは、当時の日本の産業構造で大きな変化があったことを示します。綿糸というのは綿花を原料にして加工した工業製品です。1890年の日本は工業製品を輸入する側だったということです。それが、20年の間(実際には1895年前後)に輸出する側に変わったということは、短期間で日本が工業国へと変化したことがわかりますね。
ちなみに、1894年が日清戦争がおきた年です。社会科的には、日清戦争前後で軽工業で産業革命がおきたというのが定番の知識です。このデータからそれが裏付けることになります。

答:エ


中学入試プレイバック2019 「武蔵中学」

まずは、基本データから。1964年に約12万人だった日本人の海外旅行者は、1972年に100万人を突破し1979年には約400万人と約30倍と驚異的な伸びをしています。さらに、バブル末期の1990年に1000万人を突破、近年は伸びなやんでいるものの約1600~1800万人という多くの人が海外に出かけています(といいながら、この文を書いている私は海外旅行経験ゼロです)。

入試問題の記述問題を答えるポイントはできるだけ自分の持っている知識で勝負することです。極端な話、「日本の経済が発展し、日本人に海外旅行に行く余裕が出てきたから」で正解ではないにしろ、点数はもらえます。ここで注意すべきは「高度経済成長」という言葉を下手に入れないことでしょう。高度経済成長は1973年石油危機により終了しており、1970年代後半には関係がありません。ですので、1970年代以降に増加している根拠で高度経済成長を書くのは危険です。とはいえ、JTB総合研究所が出しているデータを見る限り、海外旅行に関して石油危機の影響は少なかったように見えます。

海外旅行というと、景気同様に大きな影響を受けるのは為替です。円高になると円の価値が上がり、海外の商品を安く感じられ買いやすくなる、つまり輸入や海外旅行に有利になります。

世界は戦後、ブレトンウッズ体制とよばれるアメリカを基軸通貨とした固定相場制をとってきましたが、1971年のニクソンショックを受け変動相場制に移りました。1ドル360円で固定されていた為替相場は、1ドル308円で固定されたのち、変動相場制へと変わりました。これ以降、円とドルの関係は円高ドル安に進んでいきます。

ブレトンウッズ体制や変動相場制はともかく、円高が進んだという話は、それにより輸出産業にダメージを受け海外移転が進んだという話は受験生にとって既知の知識です。これと経済成長を組み合わせれば正解に近づきます。記述問題としては何とか取りたいレベルの問題です。

答:日本の経済発展が進み海外旅行をする余裕が出てきたことと、円高が進み海外旅行がしやすくなったため。


入試に出る歴史上の人物 「芥川龍之介」

標準
芥川龍之介大正時代を代表する作家で、「蜘蛛の糸」「羅生門」などの作品が代表作の人物が芥川龍之介です。

優れた純文学に贈られる賞である「芥川賞」は芥川龍之介からきています。中学校の教科書では太字で重要人物として紹介されることが多いですが、中学入試では完全に国語の文学史で出題される人物です。

読み:あくたがわりゅうのすけ
時代:大正時代(20世紀初期)


入試に出る歴史上の人物 「横山大観」

発展
明治から大正にかけて、日本画の近代に大きく貢献し「無我」「生々流転」などの作品で知られる画家が横山大観です。

定期テストなどで出題される人物ですが、ほぼ作品の写真とセットで出題されるはずです。必ず、教科書・資料集で確認しておきましょう。

読み:よこやまたいかん
時代:明治後半・大正時代(20世紀初期)


入試に出る城

先日、原城を取り上げたときにふと思いついたので、入試に出る城をまとめて紹介したいと思います。入試で登場する城は大きく2つに分けることができます。1つは「城そのものが出題される」場合、もう1つは「ある城を中心とした城下町」として取り上げられる場合です。

1.単体で出題される城

姫路城(兵庫県)
基本
日本で初めて世界文化遺産に登録された建造物の1つが姫路城です。桃山文化の代表的な建造物で雄大な天守閣ももちろんですが、天守周辺の構造物も多く残されています。その美しい姿から「白鷺城」とよばれます。受験に登場する城としてはぶっちぎりの1位でしょう。兵庫県にあることがよく聞かれます。

安土城(滋賀県)
基本
織田信長が琵琶湖のほとりに建造した城として入試で出題されます。信長の死後、安土城は焼けてしまっており、現在は石垣などが残されているだけです。

大阪城(大阪府)
基本
豊臣秀吉が天下統一と前後して建造したのが大阪城です。
大阪城は1615年の大坂の陣で焼失、江戸時代に作り直されましたが、幕末に焼失。現在残っているのは昭和初期に再建されたものです。大阪は城下町であると同時に、蔵屋敷の集まる「天下の台所」として栄えた商都でもあります。
応用
大阪城は一向宗の拠点だった石山本願寺の跡地に建設されました。

江戸城(東京都)
基本
徳川家康によって建造された江戸幕府の中心地です。江戸は「将軍のおひざもと」として、人口100万人を超える当時としては世界最大級の都市でした。
重要
戊辰戦争では幕臣である勝海舟と新政府軍の西郷隆盛による和睦で無血開城が行われています。
応用
1657年におきた明暦の大火で江戸城の天守閣は焼失し、それ以降も再建されませんでした。明暦の大火は入試でもたまに出題されます。

熊本城(熊本県)
重要
城づくりの名人といわれた加藤清正によってつくられた名城です。明治時代最大の士族の内乱である西南戦争では激戦が繰り広げられました。2016年熊本地震で大きな被害を受け、現在修復工事が進んでいます。皮肉ではありますが、地震で大きな被害を受けたこと自体が入試で出題されるポイントの1つです。

首里城(沖縄県)
重要
琉球王国の王城です。「琉球王国のグスク関連遺跡群」として世界文化遺産に登録されていますが、主要な建物は戦後再建されたものです。

名護屋城(佐賀県)
応用
豊臣秀吉の朝鮮侵略において拠点となった城です。現在は城跡のみ残されています。城の名前を記述する問題はまず出題されませんが、記号選択や都道府県を答える問題が出題されたことがあります。愛知県の名古屋城と漢字が違うのは注意ポイントです。

五稜郭(北海道)

応用
1868年から起きた戊辰戦争の最後の戦いが行われたのが、函館にある五稜郭です。当時のヨーロッパの城郭の特徴を取り入れた城です。

多賀城(宮城県)
発展
ヤマト政権が蝦夷討伐のための拠点としてつくられたの城です。ややマニアックではありますが、中学校教科書には、資料として名前は出てきます。

小田原城(神奈川県)
発展
戦国時代、北条氏の拠点となった城です。1590年、この城を攻略したことで豊臣秀吉は天下を統一しました。

二条城(京都府)
発展
「古都京都の文化財」に含まれる城の1つです。1867年徳川慶喜が大政奉還を行った城として知られています。

原城(長崎県)
発展
島原天草一揆の拠点となった城です。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成要素の1つとなっています。

2.主要な城下町

仙台(宮城県)
重要
伊達氏の城下町として栄え、「杜の都」とよばれます。東北三大祭りの七夕も有名です。空襲などで焼失したため、建物はほとんど残っていません。

金沢(石川県)
重要
「加賀百万石」といわれた前田氏の城下町として栄えました。三名園の1つである兼六園があり、加賀友禅・九谷焼などの伝統的工芸品も入試の常連です。

名古屋(愛知県)
重要
御三家の1つである尾張藩の城下町として栄えました。名古屋は東海地方最大の都市であり産業都市として発展しています。
金のしゃちほこで有名な名古屋城は、空襲で焼失。戦後に再建されました。現在、空襲で焼失する前の資料をもとに木造による再建工事を行っています。

松本(長野県)
標準
数少ない天守が現存する城の1つです。夏・冬の気温差が大きく降水量が少ない中央高地の気候(内陸性の気候)の典型的な雨温図として松本市のグラフが使われることが多く、長野県の都市と知っておくと便利です。


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