「遣唐使」-入試問題で解説!社会科用語集

社会科用語集

2015年愛光中学入試問題

 遣唐使について述べた次の文のうち、正しいものを1つ選びなさい。
ア.遣唐使として中国に渡った鑑真は、帰国後、道路やため池をつくりながら、農民に仏教の教えを説いて回った。
イ.遣唐使によって、養蚕やはた織りの技術や、仏教や儒教の教えがはじめて日本に伝えられた。
ウ.遣唐使として中国に渡った阿倍仲麻呂は、唐の皇帝に重く用いられ、一生を中国で終えた。
エ.遣唐使によってもたらされた銅銭の和同開珎は、都の東西に設けられた市で、貨へいとして用いられた。

 ウ

2015年愛光中学入試問題

アは鑑真は唐から招かれた高僧なので誤り。道路やため池をつくったといえば行基ですが、行基は遣唐使には参加していません。養蚕などの技術が伝わったのは古墳時代なので、イも誤り。和同開珎は国産の貨へいですね。

用語解説

中受5高受5遣唐使は630年から894年の間に20回ほど日本から唐に派遣された使節です。入試でいえば、唐から招かれ日本に仏教の知識を伝えた鑑真と、唐で役人となりそのまま生涯を終えた中受4高受3阿倍仲麻呂の2人が入試に出るポイントです。
遣唐使で唐に渡った人物は、他には最澄・空海もそうですね。

遣唐使は当初は大陸沿いに航路をとっていましたが、新羅との関係が悪化すると危険な南路をとるようになります。四隻船を出して一隻帰ってこれるかどうかといわれていますから、いかに危険な航海だったかということが分かりますね。その危険を冒しても行く価値が当時の唐にはあったということですね。

894年に遣唐使の停止を決定したのはご存知、菅原道真です。菅原道真は漢字間違いが発生しやすい人物なので要注意です。

遣唐使の停止によって、唐との正式な国交がなくなり大陸の影響力が減りました。そうした中、日本の風土に適した貴族文化が栄えました。それが国風文化です。

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