「 ノーベル平和賞 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「ルーズベルト」

中高入試の社会科の原則として、中国・朝鮮半島以外の外国人はフルネームではなく名字だけで正解扱いにするというものがあります。例えば、マシュー=ペリーではなくペリーですし、クリストファー=コロンブスもコロンブスで正解になるようにです。例外は、フランシスコ=ザビエルぐらいでしょうか。ただ、ザビエルとだけ書いて正解になることも多いです。

前置きが長くなりましたが、ルーズベルトは2人います。しかも、どちらもアメリカ大統領です。ですが、面白いことに中学入試と高校入試で登場する人物が違います。名前で区別する必要を防ぐためなのかは、わかりませんが。

「入試に出る歴史上の人物250」では、フランクリン=ルーズベルトを基準に年度・ランク設定をしています。


応用
日露戦争の講和条約であるポーツマス条約において、仲介役を務めたアメリカ大統領がセオドア=ルーズベルトです。セオドア=ルーズベルトは、この功績が認められノーベル平和賞を受賞しています。

予習シリーズでは名前が登場していますが、一般的にルーズベルトといえば、下のフランクリンを指すことが多いです。高校入試では登場しません。

時代:20世紀初期(明治後半)


重要
1929年に起きた世界恐慌に対し、公共事業などによる景気対策(ニューディール政策)を行った大統領がフランクリン=ルーズベルトです。第二次世界大戦が勃発したため、本来2期しか務めることができないアメリカ大統領のなかで、特例で唯一4期にわたる長期間大統領を務めました。戦後の方向性を決めたヤルタ会談の出席者の一人です(他の二人は、ソ連のスターリン、イギリスのチャーチル)。

中学入試では、外国の歴史に深入りしないため出題されませんが、高校入試では重要人物です。

時代:20世紀前半(昭和戦前)

 


入試に出る歴史上の人物 「ウィルソン」

重要
1920年に発足した国際連盟の創設に貢献し、ノーベル平和賞を受賞したアメリカ大統領がウィルソンです。ただし、アメリカは議会の反対で国際連盟に参加できませんでした。

発展
ウィルソンは議会制民主主義を政治の基礎とするべきという「十四か条の平和原則」を掲げ、パリ講和会議でも主張しました。これにより東ヨーロッパでは独立をする国が認められましたが(民族自決)、敗戦国であるドイツが多額の賠償金を支払うなどウィルソンの提案は一部しか受け入れられませんでした。

時代:20世紀初期(大正時代)

 


入試に出る歴史上の人物 「佐藤栄作」

重要
1972年沖縄返還が行われたときの内閣総理大臣が佐藤栄作です。内閣総理大臣の連続在任記録を保有しているのが佐藤栄作で、在任期間中に1965年日韓基本条約が結ばれ、1967年に非核三原則を国会で提唱されました。
日本人で唯一のノーベル平和賞受賞者でもあります。

読み:さとうえいさく
時代:昭和時代(20世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「佐藤栄作」

重要
ノーベル賞 1972年沖縄が日本に返還されたときの内閣総理大臣が佐藤栄作です。1964年に内閣総理大臣に就任した佐藤は連続在任期間の記録を持っています。
1965年日韓基本条約、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則の発表はともに佐藤栄作が首相を務めていた間の出来事です。日本人唯一のノーベル平和賞受賞者でもあります。

1972年は沖縄返還と日中共同声明という大きな出来事が2つおきている昭和戦後の中で最重要の年号ですが、沖縄返還を最後に佐藤栄作は退陣し、日中共同声明のときは田中角栄に首相が代わっています。つまり、沖縄返還→日中共同声明という同じ年号での並べ替え問題が成立するということで注意が必要です。

読み:さとうえいさく
時代:昭和戦後(20世紀半ば)

 


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