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社会科で間違えやすい漢字大全~中近世編~

漢字間違いシリーズ、今回は鎌倉時代から江戸時代です。

まずは鎌倉時代から。

檀ノ浦の戦いは「壇」の字の右側がなべぶた・回・日・一の順なのですが、最後の日と一をくっつけてしまうことが多いですね。北条泰時は同じ回で、奉公を習うので混同するようです。ただ、不思議と泰公とは書かないです。
そして、元寇です。歴史の漢字では一番間違えやすい字です。色々間違えるパターンがあります。板書を写したノートをみると3割は間違えています。
親鸞は字が難しすぎて、実はテストでは意外と記述では出題されません。

鎌倉時代は後醍醐天皇は画数が多いので大変です。あと、意外と多いのが一揆の間違い。最後をはねてしまうミスが多いです。「発」ではないんですね。
長篠の戦いもミスが多い字です。最後が「条」ではないのが注意ポイントです。楽市・楽座と豊臣秀吉の間違いは習いたてで発生します。「らくいち」「とよとみ」という読みに引っ張られるパターンです。ただ、楽市は意味で理解してほしいところですけどね。太閤は間違えやすい字です。この回で天守閣も学習するので注意が必要です。しめすへんところもへんのミスは普通の漢字でも起きやすいですね。

徳川綱吉は「網」と書くパターンを紹介しましたが、鋼吉と書くミスもあります。薩摩藩は「薩」の右下を産と書く場合もあるということです。書体としてはどちらでもいいのですが、学校の先生によっては教科書通りの書体で書かないと不正解にするタイプの人がいますので、△にしました。葛飾北斎と坂本龍馬も同じです。

両替商の間違いは思いのほか多いです。意味を考えると賛はおかしいはずなんですけどね。人形浄瑠璃は漢字で書かせるには難しいので、テストではあまり漢字で書かせない字です。親鸞と同じパターンですね。

井伊直弼のミスは本当に多いです。どちらも「い」なのが原因でしょう。幕末は覚えることが多くてミスも出やすいので厄介です。


入試に出る歴史上の人物 「足利義満」

基本足利義満
1392年、南北に分裂していた朝廷を一つにまとめ、南北朝時代を終わらせたのが室町幕府3代将軍の足利義満です。義満は中国の明と貿易を行いました(日明貿易)。その際、日本海で活動していた海賊である倭寇と正式な貿易船を区別するため勘合を利用したことから、勘合貿易ともよばれます。
義満が京都につくらせた別宅として知られるのが金閣です。

重要
足利義満は京都の室町に「花の御所」とよばれる邸宅をつくりました。室町幕府という名前の由来はここからきています。義満は能楽を文化の域まで大成させた観阿弥世阿弥親子を保護したことでも有名です。

標準
義満のころの文化を北山文化といい、室町時代中期以降の文化と区別をする場合があります。

注意金閣
一般的には「金閣寺」といいますが、これは正確ではありません。社会科では「金閣」と書かないと不正解になります。

上を見てのとおり、室町時代を代表する人物として政治・外交・文化と様々なジャンルに登場するのが、足利義満です。アニメ「一休さん」に登場する将軍さまはモデルが足利義満で、昔は授業の小ネタで使えたのですが、今や言っても生徒には全く通じません。

読み:あしかがよしみつ
時代:室町時代初期(14世紀末~15世紀初め)


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