「 十七条の憲法 」一覧

入試に出る歴史史料 「憲法十七条(十七条の憲法)」

一 をとうとび、争うことのないようにしなさい。
一 仏教をあつく敬いなさい。
一 天皇の命令には従いなさい。


憲法十七条(十七条の憲法)は推古天皇の摂政を務めた聖徳太子を中心に604年に出されたものです。豪族に対して役人としての心構えを示しました。
飛鳥時代を代表する歴史史料の1つです。

「豪族に対して」というのがポイントで、正誤問題では「農民に対して出した」という誤りの選択肢がよく出題されます。
条文の穴埋め問題も出題されることがあます。下線部で引かれている部分ですね。

中学校の定期試験や、上位私立高入試だと、

一 あつく三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり
一 を承りては必ずつつしめ。

といった原本に近い難しい言葉で書かせる場合もありますね。

読み:けんぽうじゅうしちじょう(じゅうななじょうのけんぽう)


入試に出る歴史上の人物 「聖徳太子」

聖徳太子
593年、おばである推古天皇摂政についた人物が聖徳太子です。
聖徳太子は603年、能力ある役人を取り立てるため冠位十二階を制定しました。翌年、役人に対して心構えを示す十七条の憲法(憲法十七条)を制定しています。
607年、小野妹子を遣隋使として派遣しました。これらの内容は時代順に並べ替えをする問題の定番です。

また、現存する世界最古の木造建築である法隆寺をつくらせました。聖徳太子の頃の文化を飛鳥文化といいます。


聖徳太子に協力した豪族に蘇我馬子がいます。

「聖徳太子」という名前は死後よばれるようになった名称のため、高校の教科書では厩戸王(うまやとおう)という表記が主流になっています。中学校の教科書でも「聖徳太子(厩戸王)」という書き方がされています。
最新の研究成果で教科書の扱いが変わった筆頭にあげられる聖徳太子ですが、今でも重要人物なことに変わりはありません。

読み:しょうとくたいし


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