「 岩倉使節団 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「伊藤博文」

基本
伊藤博文1885年内閣制度ができ、初代内閣総理大臣となったのが伊藤博文です。

重要
伊藤博文は吉田松陰が指導者として活動した松下村塾のメンバーの1人です。
明治維新期には岩倉使節団のメンバーとして欧米に派遣されました。
議会開設が決まった際に、各国の憲法を調査するためにドイツに留学をしています。「天皇中心の国づくりを目指して、君主県の強いドイツの憲法を参考にした」というのは、記述問題の定番の1つです。
日清戦争開戦時の内閣総理大臣でもあり、講和条約である下関条約に調印しました。

応用
日露戦争後、韓国統監府の初代統監を務めたのが伊藤博文です。韓国併合(1910年)の前年、ハルビンで韓国の青年安重根によって暗殺されています。

注意
1889年、大日本帝国憲法が発布されたときは内閣総理大臣は黒田清隆になっており、伊藤博文でないので注意が必要です。また、意外と「博」の字を間違えやすい(最後の点を付け忘れる)ので、気を付けましょう。

明治時代全体を通じて、様々な形で登場する最重要人物の1人です。ちなみに、初代内閣総理大臣にして、最年少の内閣総理大臣(44歳)です。憲政に対する貢献により、大隈重信・板垣退助とともに国会議事堂中央広間に銅像が建てられています。

読み:いとうひろぶみ
時代:明治時代(19世紀後半)



入試に出る歴史上の人物 「岩倉具視」

重要
岩倉具視幕末に倒幕の中心として活動した公家の1人が岩倉具視です。1871年、条約改正のために欧米に派遣された使節団(岩倉使節団)の代表が岩倉具視です。この使節団に同行した主なメンバーが、大久保利通・木戸孝允・伊藤博文です。

読み:いわくらともみ
時代:幕末・明治初期(19世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「大久保利通」

重要
大久保利通幕末、薩摩藩の中心として倒幕を目指した人物の1人に大久保利通がいます。明治維新でも新政府の中心として活動しました。
1871年岩倉使節団の一員として欧米に派遣されました。

小学校の社会科教科書に必ず掲載されている明治時代の人物です。ただ、何をした人物かと聞かれると実に難しい。明治維新期の改革は地租改正・徴兵令と多岐にわたるのですが、誰がやったかと特定するのは難しいんですよね。以前、小学生に歴史上の人物の業績を答えられるか調査したことがあり、大久保利通は正答率が低かったと記憶していますが、そりゃそうだなと思います。

時代:明治初期(19世紀末)
読み:おおくぼとしみち


入試に出る歴史上の人物 「木戸孝允」

重要
木戸孝允1866年長州藩の中心人物として薩摩藩と薩長同盟を結んだのが木戸孝允です。
木戸孝允は1871年不平等条約改正のために、岩倉使節団の一員として欧米に派遣されました。

標準
木戸孝允は吉田松陰が指導者だった松下村塾で学びました。

明治時代になると写真や肖像画が多く登場するので、教科書などの史料で確認をしておく必要があります。授業ではいつも、七三分けが木戸孝允と言っています。

読み:きどたかよし
時代:江戸末期・明治初期(19世紀後半)


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