「 年号 」一覧

重要な出来事が2つ以上ある年号

歴史といえば年号を語呂合わせで覚えるイメージがあると思います。ただ、私としては年号をあまり覚えさせるのは好きではありません。実際に入試で年号そのものが出題される機会は少ないです。また、年代の古い順に並べ替える問題でも、全ての年号を覚えていなくても歴史の流れを把握しておけば答えられる問題も多いからです。

そんな中で覚えておきたいのは重要な出来事が重なっている年号です。Aという出来事ごとがあった年に起きた別の出来事Bを答えさせる問題は定番です。今回は複数の重要な出来事があった年号を一覧で紹介します。ちなみに、同じ年で起きた出来事のなかでも、その順番が重要視されるものがあるのでそれも紹介します。

743年…東大寺の大仏建立の詔、墾田永年私財法
大仏建立の詔は言葉を答える問題は出題されませんが、史料としてはでてきます。

1185年…壇ノ浦の戦い→守護・地頭の設置
壇ノ浦の戦いで活躍した源義経を追討する口実で兄・頼朝が設置したのが守護・地頭なので順番で知っておきたいところです。

1221年…承久の乱→六波羅探題の設置
これは、乱に勝利した幕府が京都に六波羅探題を設置したという基本の流れがあるので大丈夫でしょう。

1392年…足利義満が南北朝の合一、李成桂が朝鮮国を建国

1858年…日米修好通商条約→安政の大獄
大老・井伊直弼の並び替えですね。このあと、桜田門外の変(1860年)に続きます。

1867年…大政奉還→王政復古の大号令
江戸幕府の滅亡=武士の時代の終焉という確実に覚える必要のある年号です。

1872年…学制、太陽暦、新橋・横浜間に鉄道開通、富岡製糸場
地味にいろいろある年号です。

1873年…地租改正、徴兵令
富国強兵セットとして社会科では定番です。

1890年…第1回帝国議会、教育勅語
教育勅語が内容の説明なしで年号だけで答える問題はまずでないので、同じ年なんだぐらいの感覚で大丈夫でしょう。

1894年…領事裁判権の撤廃→甲午農民戦争→日清戦争
1895年…下関条約→三国干渉
日清戦争がらみの並び替えとして出題されます。日清戦争直前に領事裁判権の撤廃というのがポイントです。

1910年…韓国併合、大逆事件
高校入試では大逆事件が割と出題されるので注意。

1918年…シベリア出兵→米騒動→原敬が初の本格的政党内閣を結成
これは並べ替えの定番ですね。手前にロシア革命(1917年)が来ます。

1919年…ベルサイユ条約、ワイマール憲法、三・一独立運動、五・四運動

1925年…普通選挙法、治安維持法、ラジオ放送開始
普通選挙法と治安維持法は同じ年の出来事としては定番中の定番です。

1941年…日ソ中立条約→太平洋戦争
北方の不安を解消した後、日本は資源を求めて南進したのがポイントです。

1945年…沖縄戦→広島原爆→ソ連侵攻→長崎原爆→終戦→国際連合発足
歴史の中でも最も重要な年号です。財閥解体・農地改革・女性参政権も同じ年

1951年…サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約

1956年…日ソ共同宣言→日本国際連合加盟
ソ連の承認を得て国連に加盟できるようになったというのは流れの基本です。

1964年…東海道新幹線、東京オリンピック

1972年…沖縄返還→日中共同声明
二つの出来事の間に佐藤栄作→田中角栄という首相の交代もあるので、並べ替えが成立するのは前にも書いたかと思います。また、札幌オリンピックも1972年です。

1989年…消費税導入、ベルリンの壁崩壊、冷戦終結
平成元年という2019年入試で出題されそうな年号です。

やはり、近現代に偏りますね。実のところすべてを語呂合わせで覚えるのは難しいので、自分なりに工夫して覚えていく必要があるでしょう。


中学入試プレイバック2018 「駒場東邦中学」

歴史の学習でどの程度年号を覚えるべきかというのはいくつか意見があります。実のところ、年号を答える問題は入試問題で出題されて1問です。ですので、並び替え問題を正確にするために覚えておくべきという意見もあれば、最低限覚えておいて流れで把握すればよいという意見もあります。私自身は後者です。中学入試の問題では年号そのものを問うというより、年号をヒントに答える問題のほうが主流ですね。

そんななかでも、確実に覚えておきたい年号の1つが1904年日露戦争です。1894年日清戦争→1904年日露戦争→1914年第一次世界大戦という10年おきの戦争三連発は年号を理解するうえで定番の1つといえるでしょう。

1905年といえば、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約を調印した年です。日露戦争では多くの戦死者を出し、多額の費用がかかったという知識は基本なので、そのための専売と判断できればそれほど難しい問題ではありません。

むしろ、塩の専売が1997年まで続いていたことに驚きます。公益財団法人塩事業センターのウェブサイト「塩百科」が詳しいですが、それだけ塩の安定供給は生活のために必要だったということです。

答:日露戦争を続けるのに必要な資金を確保するため。


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