「 後醍醐天皇 」一覧

入試に出る川 「紀ノ川」


奈良県南部の吉野地方から和歌山県北部を流れる川が紀ノ川です。
上流の吉野地方では吉野川と呼ばれます。人工の三大美林である吉野すぎが有名です。歴史では南北朝時代に後醍醐天皇が軟調を開いた場所として知られます。

流域ではみかんのほかにも柿・うめの生産も盛んです。河口にある和歌山市は鉄鋼業がさかんです。

なお、国土地理院の地図では「紀ノ川」、河川の法律では「紀の川」と表記されます。教科書では「紀ノ川」の表記が主流なので、こちらで書いたほうが無難です。

読み:きのかわ
流域:奈良県→和歌山県



入試に出る歴史上の人物 「楠木正成」

発展
楠木正成近畿地方の悪党(鎌倉幕府に従わない新興武士)として活動し、後醍醐天皇に協力して鎌倉幕府滅亡に貢献したのが、楠木正成です。南北朝の動乱では、後醍醐天皇の南朝につきました。

戦前の歴史教科書では天皇に従った忠臣の鏡として必ず登場していましたが、今は名前が教科書に掲載されている程度です。

読み:くすのきまさしげ
時代:鎌倉時代末期(14世紀半ば)


入試に出る歴史上の人物 「足利尊氏」

基本足利尊氏
1338年征夷大将軍となり室町幕府をひらいたのが、足利尊氏です。その際、建武の新政を行っていた後醍醐天皇は吉野に逃れ南朝をひらき、南北朝時代となりました。

標準
鎌倉幕府の滅亡にあたっては、有力な御家人だった尊氏は後醍醐天皇に協力し、京都にあった幕府の拠点である六波羅探題を攻撃しました。

読み:あしかがたかうじ
時代:鎌倉時代末期~室町時代初期(14世紀前半)


入試に出る歴史上の人物 「後醍醐天皇」

基本後醍醐天皇
1333年鎌倉幕府を滅亡させ、翌年から建武の新政を行ったのが、後醍醐天皇です。

重要
建武の新政は天皇中心の政治(天皇親政)でしたが、天皇・公家中心の政治だったため、恩賞の少なかった武士の不満がたまりました。

基本
武士の不満をまとめた足利尊氏が室町幕府を開くと後醍醐天皇は京都を逃れ、京都に幕府方の北朝、奈良に後醍醐天皇方の南朝という2つの朝廷がある南北朝時代(南北朝の内乱・争乱)となりました。


京都を逃れた後醍醐天皇が拠点を作ったのが奈良の吉野です。

後醍醐天皇は漢字が難しいので練習が必要です。「だい」は題(だい)、「ご」は湖(こ)の音を表す部分が漢字に使われていると意識をすると書く順番のミスが防げます。

読み:ごだいごてんのう
時代:鎌倉時代末期~室町時代初期(14世紀前半)


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