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予習シリーズ社会解説 「5年下第6回 鎌倉時代」

歴史の学習も古代が終わって中世に入ります。中世の定義は難しいのですが、大きな要素としては、土地を介した上下関係、つまり封建制度によって社会が成り立って時代が中世です。この封建制度は江戸時代まで続きます。概念として知っておく必要があります。

鎌倉時代は、源平の争いからスタートです。地図で平氏がどんどん西へ落ち延びていき、壇ノ浦の戦いで滅亡した流れを理解させます。意外と「富士川の戦い→一ノ谷の戦い→屋島の戦い→壇ノ浦の戦い」という並び替えの問題も出題されるのですが、今の段階では壇ノ浦の戦いだけで十分です。
壇ノ浦の戦いがおきた1185年に国ごとに守護、荘園ごとに地頭が置かれたことは重要です。守護が軍事・警察、地頭が年貢の取り立てを行ったことも知っておきたいです。上位生は政所・問注所・侍所も知っておいてもいいでしょう。
源頼朝なお、現在の社会科では「鎌倉幕府の成立は何年か?」という問題は出題されません。鎌倉幕府という概念は後の時代によって定義されたもので、当時は幕府という考え方はなかったためです。ただし、守護・地頭の設置は1185年、源頼朝が征夷大将軍になったのが1192年は変わりません。語呂合わせでイイハコでもイイクニでもいいですが、時期と順序は覚えておきたいです。

なお、鎌倉が神奈川県であることは、特に関東地方以外では注意が必要でしょう。鎌倉に本拠地が置かれた理由が「三方を山に、南を海に囲まれ守りやすかったから」というのは記述の定番です。

成績中位から下位のクラスの場合は、鎌倉時代=北条氏ぐらいの勢いで執権を説明します。安土桃山時代に小田原に本拠地を持った北条氏もいるにはいるのですが、登場頻度が違います。なお、将軍の補佐職である執権は鎌倉時代と特定できるキーワードの1つです。

1221年におきた承久の乱は後鳥羽上皇・隠岐・北条政子・六波羅探題と関連キーワードが多く出題者側としては問題がつくりやすい出来事です。予習シリーズには北条政子の演説がマンガで紹介されています。授業で感情移入して読むと大抵ウケます。この演説自体が歴史史料の定番の1つなので重要なんです。
土地をめぐる裁判の基準となった御成敗式目と北条泰時はとりあえずセットで覚えておけばいいです。ただ、将来的には混同する語句がいくつかあるので先々意外と答えがでてこない語句でもあります。今回は覚えなくてもいいと前置きしたうえで「もともと慣習として定着していたものを文章にまとめた(新しいルールを作ったわけではない)」「あくまで武家に対する取り決め」であったことも上位には説明します。将来的な正誤問題でよく出題されます。

元寇は、まず漢字が書けません。板書するときは絶対に「」の字を大きく書きます。元寇は出題ポイントがいくつかありますが、集団戦法と火薬兵器(てつはう)に苦しめられたことは記述問題でよく出題されます。記述問題といえば、元寇の影響として「御家人へのほうびが不十分で御家人の幕府への不満がたまった」というのも定番です。
なお、予習シリーズではここで高麗がしれっと入っています。朝鮮半島に高麗が成立したのは10世紀前半の平安時代であることは注意しておきたいところです(個人的には平安時代で紹介すべきだと思います)。

鎌倉時代の産業・商業の発達は、先々「同じ時代の内容に当てはまるものを記号で選べ」とった問題で出題されやすい内容です。今の段階では太字になっている語句を覚えておけば大丈夫です。

鎌倉時代の文化はまず、運慶・快慶の東大寺南大門金剛力士像です。東大寺は天平文化ですが、東大寺南大門は鎌倉時代に東大寺が再建されたときに建てられたものなので、鎌倉文化という説明は必須です。
そして、最後に鎌倉仏教です。まず、法然(浄土宗)・親鸞(浄土真宗)は必須です。浄土宗と真宗の区別は意識する必要はありませんが、念仏というキーワードは知っておきたいです。一遍(時宗)はその布教の様子を描いた絵巻が定期市の様子を表す史料として使われるので(予習シリーズでも使われています)知っておきたいところです。禅宗の栄西(臨済宗)は茶を日本に伝えたという関連項目もあり出題されやすいです。とはいえ、仏教だけで6人いて一問一答で全員答えるのはなかなかハードです。テストでもはじめのうちは記号選択の問題が中心になるので、無理はしないでください。


入試に出る歴史上の人物 「後鳥羽上皇」

読み:ごとばじょうこう
時代:鎌倉前期(13世紀前半)

基本
隠岐鎌倉幕府の討伐を目指し、1221年に承久の乱をおこしたのが後鳥羽上皇です。この戦いに勝利した幕府は京都に六波羅探題を設置し、西国にも勢力を伸ばしました。

標準
後鳥羽上皇は戦いに敗れた後、隠岐(島根県)に流されました。
後鳥羽上皇は歌人としても知られ、「新古今和歌集」の編纂を命じています。


入試に出る歴史上の人物 「北条政子」

読み:ほうじょうまさこ北条政子
時代:鎌倉初期(13世紀前半)

基本
源頼朝の妻であり、源氏の将軍が途絶えた後におきた承久の乱御家人に結束を訴えたのが北条政子です。この戦いに勝った鎌倉幕府は京都に六波羅探題を設置し、西国にも勢力を伸ばしました。いわゆる執権政治の成立です。

重要
「みなの者、よく聞きなさい。これが最後の言葉です。頼朝公が朝廷の敵をたおし、幕府を開いてこのかた、官職といい、土地といい、その恩は山より高く、海より深いものでした」
という北条政子が語ったとされる訴えは史料として入試の定番です。大勢の御家人の前で演説したイメージが強いですが、実際は側近数名に語った内容といわれています。

 


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