「 政党内閣 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「原敬」

基本
1918年におきた米騒動によって内閣が倒れ、新たに内閣を結成したのが原敬です。原敬内閣は初の本格的政党内閣とされます。また、原敬は初の平民出身の内閣総理大臣です。

重要
原敬内閣は一部の大臣を除き、立憲政友会の党員で構成された内閣でした。
大正デモクラシーの流れの内閣ではありますが、普通選挙運動に対しては消極的でした。

1917年ロシア革命からの1918年シベリア出兵→米騒動→原敬が初の本格的政党内閣という流れは並び替えの定番です。

読み:はらたかし
時代:大正時代(20世紀初め)


入試に出る歴史上の人物 「大隈重信」

重要
大隈講堂1882年に立憲改進党をつくり、明治時代の政治に大きな役割を果たした人物が大隈重信です。大隈重信は明治政府の要職にありましたが、政府内で早期の議会開設を唱え周囲と対立、明治政府を辞めています。

発展
大隈重信は早稲田大学の創設者です。

注意
大隈重信の「隈」の字は間違いがおきやすい字なので注意しましょう。

首相にならなかった板垣退助に対し、大隈重信は2回首相になっています。最初に首相になったのは1898年のことで薩長勢力以外で初めての首相であり、日本初の政党内閣とされます。憲政に対する貢献により、伊藤博文・板垣退助とともに国会議事堂中央広間に銅像が建てられています。

読み:おおくましげのぶ
時代:明治時代後半(19世紀後半)


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