「 株仲間 」一覧

予習シリーズ社会解説 「5年下第11回 江戸時代(2)」

予習シリーズ5年下の中でも少し異質な回、それがこの第11回です。この回は江戸時代の産業と文化・学問で構成されており、政治・外交といった通常であれば単元の最初に学習する内容がありません。大きな流れで説明することが難しいので、子どもたちにとってやや覚えるのが難しい単元といえるでしょう。

江戸時代の産業を理解するうえで大きなポイントになるのは「農村でもお金を使った商品のやり取りが行われるようになった」ということです。農業では、油かすやほしかといった肥料をお金で買うようになり、綿花や茶、菜種といった商品作物の栽培が広がりました。
また、工場制手工業とよばれる分業により製品を作る仕組みができあがりました。工場制手工業はマニュファクチュアでもかまいませんが、小学生の場合はカタカナ語より漢字のほうが覚えやすいです。

産業に関連して、株仲間、蔵屋敷、両替商といった用語が出てきます。江戸時代に限らずですが、政治・外交と産業の同時代史を問う問題はよく出題されます。先ほどの3つのキーワードは全て江戸時代と特定できるキーワードなので、確実に覚えておきたいところです。株仲間は、鎌倉・室町時代の座との区別や江戸後期の政治でも登場します。蔵屋敷は近畿地方の地理とつなげやすい語句です。

江戸時代の文化はまず町人が文化の担い手になったことがこれまでの時代との大きな違いです。また、元禄文化化政文化という2つの文化がはっきりと分かれているのは、大きな特徴です。室町時代も北山文化・東山文化という区分はありますが、江戸ほど明確に分かれていません。
元禄文化…17世紀末(徳川綱吉)ごろの大坂・京都(上方)の華やかな町人文化
化政文化…18世紀末(松平定信)ごろの江戸中心の皮肉・こっけいを楽しむ町人文化
と分けて理解をしておく必要があります。
江戸時代は文化人だけでも覚えるべき人物がとても多いです。
★元禄文化富嶽三十六景
井原西鶴…浮世草子
近松門左衛門…人形浄瑠璃
松尾芭蕉…俳諧
菱川師宣…浮世絵「見返り美人図」
★化政文化
葛飾北斎…浮世絵「富嶽三十六景」
歌川広重…浮世絵「東海道五十三次」
東海道五十三次返舎一九…「東海道中膝栗毛」
と7人もいます。
いつもこの単元を説明するときは、風景画の北斎と広重は化政文化であるとセットで覚えるようにアドバイスをします。そうすると、今度は2人の区別がつきにくくなりますので、唐突に「東海道と富士山で描かれている範囲が広いのはどっち?」と聞きます。「東海道」という答えが出てきますので、「東海道のほうが範囲が広い。範囲が広重だから東海道五十三次は歌川広重」と大真面目にしょうもないギャグを言います。まぁまぁ、いつも受けます。そのあと、東海道つながりで十返舎一九も化政文化に含め、それ以外のメンバーは元禄文化と分けます。
この辺り、きれいな語呂合わせをつくれればベストなのですが、そういうのはどうも苦手なため覚え方が力業になるのです。ただ、個人的に「語呂合わせは自分でつくることが重要だ」と思っていまして、人から聞いた語呂はあんまり覚えられないんですよね。自分なりに考えて作り出したほうが、自分の中でエピソードとして残るので覚えられます。授業で意識をしているのは、自分なりに覚えるにはどうしたらいいか、その手法のアドバイスをすることです。

江戸時代は国学・蘭学といった新しい学問が登場します。国学は「仏教などが伝わる以前の日本人の考え方を研究する学問」という記述問題が意外と出題されます。中学受験では国学=本居宣長=「古事記伝」をセットで覚えればOKです。ちなみに、ここで授業では「古事記」が何時代なのかを口頭で必ず確認します。正解は奈良時代ですが、まずたいていの生徒は答えられません。だからこそ復習が重要です。社会の授業で大事なのは、教師側が一方的説明するだけの授業にならないように過去に学習した内容を質問できるチャンスは逃さないことです。


入試に出る歴史上の人物 「水野忠邦」

重要
小判江戸時代後期に天保の改革を行った老中水野忠邦です。水野忠邦は株仲間の解散を行い経済を統制しようとしましたが、かえって混乱を招き改革は失敗しました。

発展
天保の改革では他に、江戸などに仕事を求めて出てきた農民を農村に返す人返しを行いました。また、江戸・大阪の周辺を幕府の領土(幕領)としようとしましたが、反対にあい失敗しています(上知令)。

注意
1825年に定められた外国船打払令(異国船打払令)を、1840年におきたアヘン戦争に結果を受けてゆるめたときの老中が水野忠邦です。

読み:みずのただくに
時代:江戸時代後半(19世紀前半)


入試に出る歴史上の人物 「田沼意次」


小判江戸時代中期に老中として、積極的な経済政策を行ったのが田沼意次です。商人の同業者組合である株仲間を積極的に奨励し、そこから税を取ることで幕府の財政を安定させようとしました。


印旛沼・手賀沼の干拓による新田開発や蝦夷地の開発を行おうとしました。しかし、天明の大ききんがおきるなどしたため、またわいろが横行したことを批判され失脚しました。


(高校入試限定)田沼意次が老中を1772年で、アメリカ独立戦争が起きた時期(1775年)に近いため、日本と世界の同時代史を問う問題で出題されることがあります。

近年の近世史の再評価により、大きく扱いが変わった人物が田沼意次です。昔は、田沼意次=わいろでしたが、今は授業で説明するときはそのことは口頭で軽く触れる程度ですね。

問 長崎貿易を活発にするために海産物の輸出をうながし、株仲間の営業を積極的に認めるなど、商業を重視した人物を次のア~エから選び、1つ選び記号で答えなさい。(2018年沖縄県公立高)
ア.徳川綱吉 イ.徳川吉宗 ウ.田沼意次 エ.水野忠邦

答:ウ

読み:たぬまおきつぐ
時代:江戸時代中期(18世紀後半)


スポンサーリンク