「 武田勝頼 」一覧

武田勝頼と二代目の話

先日、NHKB1「英雄たちの選択」を見ていました。テーマとして取り上げられていたのが武田勝頼。勝頼といえば、武田信玄の息子で長篠の戦いで織田信長・徳川家康連合軍に敗れたとのいうのが出題された人物です。勝頼の代で武田家は滅亡したたため、無能のイメージが長くありましたが最近、再評価が進んでいる人物です。そもそも、勝頼の代に武田家は最大の領土を獲得しており(それも長篠の戦い以降に)、無能のはずがありません。
ただ、勝頼は四男でもともと武田領内の名門、諏訪家を継ぐことになっており権力基盤が弱かったことが紹介されていました。

ビジネスにおいて、なまじ有能な2代目は有能であるがゆえに企業の拡大を目指して失敗してしまうことがよくあるという話が出てきて、そういえば塾業界もそうだなと感じました。
進学塾業界は歴史が浅く長いところでも30~40年程度の歴史しかありません。そのほとんどが、個人塾から始まって校舎を拡大していって今の地位を作り出した企業です。おおよそ、社長はワンマンです。創業社長はワンマンでなければ、企業はなかなか大きくなれないです。
しかし、その創業社長も一線を退き、2代目に移行する企業が増えてきました。端で見ていて、「路線変更しているな」とか「妙に焦っているな」とか他所の企業のことは見えるものです。少子化は止まりませんし、塾業界は難しい時期に入っているのは間違いありません。

NHKの教養系の番組を見ていて、楽しいのは研究者の皆さん。研究者の人たちって無邪気ですよね。自分の興味のあることに一直線で向かっていくのが面白いです。「英雄たちの選択」であれば司会の磯田道史さんもそうですが、この回では城郭研修をしている千田嘉博さんが心底楽しそうに武田領の山城をめぐっていたのと、磯田さんが「うらやましぃ」と言っていたのが印象的でした。


入試に出る歴史上の人物 「武田勝頼」

標準
1575年長篠の戦い織田信長に敗れたのが武田勝頼です。なお、武田勝頼の名前を憶えておき武田神社たいのは中学入試のみです。高校入試は長篠の戦いで敗れたのは武田氏とだけ覚えておけばいいでしょう。

武田勝頼の父親は「風林火山」で有名な甲斐(山梨県)の戦国大名、武田信玄です。昔は、武田氏を滅ぼした無能な後継者扱いをされることが多かった勝頼ですが、NHK大河ドラマ「真田丸」に代表されるように、再評価が進んでいる人物です。

読み:たけだかつより
時代:室町・戦国時代末期(16世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「織田信長」

基本織田信長
混乱の続く戦国時代のなか、天下統一に名乗りを上げたのが織田信長です。1560年桶狭間の戦いに勝利をし、一度は協力関係にあった1573年に室町幕府を滅亡させます。1575年鉄砲を大量使用したことで知られる長篠の戦いで勝利し、その後中部地方の大半を領土とします。しかし、全国統一に乗り出す直前、家臣の明智光秀に1582年本能寺の変で暗殺されました。上記の出来事を年代の古い順に並べ替えさせる問題は1つの定番です。

織田信長は領地内で自由な商売ができるようにするため、商人の同業者組織である関所の廃止をする、楽市・楽座を行いました。
琵琶湖のほとりに安土城を建設しました。

重要
信長は元々尾張(愛知県)の国の大名でした。
また、領土内でのキリスト教の布教活動を認めました。


今川義元…桶狭間の戦いで破った駿河(静岡県)の大名
足利義昭…室町幕府最後の将軍
武田勝頼…長篠の戦いで破った甲斐(山梨県)の大名(ただし、高校入試では武田氏と名字だけ覚えておけばよい)
明智光秀も含めて信長の関連人物は覚えておきたいです。また、長篠の戦いは屏風絵が史料として問題に使われることが多く、馬の侵入を防ぐ柵を用意し、鉄砲を大量に使用したという史料から読み取る問題の出題も多いです。

信長は仏教勢力と対立をし、比叡山延暦寺の焼き討ちを行いました。一向一揆の本拠地である石山本願寺も長年の戦いの結果、降伏させています。

信長は武力によって天下を治めようという意思をあらわしたとされる「天下布武」という印章をつかいました。商人の街であるも自分の領土としました。

注意
今川にしろ武田にしろ、桶狭間の戦い・長篠の戦いで滅亡したわけではなく、その後滅亡したことに注意が必要です。「織田信長が長篠の戦いで武田氏を滅ぼした」は文章として誤りなので、気を付けてください。

改めてみると、関連項目の多さだけでいえばナンバーワンといえるでしょう。「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」


スポンサーリンク