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予習シリーズ社会解説 「5年下第12回 江戸時代(3)」

江戸時代の単元も3回目。この単元では、18世紀初めのいわゆる江戸の三大改革から江戸幕府の滅亡までとなかなかハードな内容になっています。

まず、江戸時代中期の政治を表にまとめてみましょう。

役職・名前 時代 呼び名 内容
8代将軍
徳川吉宗
18世紀前半 享保の改革 上米の制・目安箱・公事方御定書
蘭学の制限を緩める
老中
田沼意次
18世紀後半 株仲間を積極的に認める
長崎貿易の拡大
老中
松平定信
18世紀末 寛政の改革 ききんにそなえて米を蓄える
幕府の学校で朱子学以外禁止
老中
水野忠邦
19世紀前半 天保の改革 株仲間の解散

人物名と改革の名称の一致、時代順の並べ替え、人物名と改革内容の一致といったいろんな種類の問題をつくりやすい単元です。
松平定信に関しては「世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶというて 夜もねられず」「白河の 清きに魚の すみかねて もとのにごりの 田沼恋しき」という狂歌から問題を作成してくるのも定番です。

松平定信と水野忠邦の間には50年ほどあり、その間にロシアのラクスマンが根室に来航(1792年)、異国船打払令(1825年)と大きな出来事が起きています。予習シリーズでは三大改革をまとめていますが、年代順に並べて先に外国船の接近を説明するスタイルもありです。
この回は覚えることも多いため、樺太を探検した間宮林蔵や蛮社の獄の高野長英・渡辺崋山まで授業内で触れるのはなかなか難しいですね。

後半ではいよいよペリーが来航して開国をします。ペリーは小学生の中でインパクトのあるキャラクターなので、覚えられない生徒はまずいません。ここは、ペリーが来航したのが浦賀(神奈川県)というところまで抑えたいです。
1854年日米和親条約では下田・函館を開講したことが重要です。とくに下田の場所は地図で要確認です。細かい内容ですが、イギリス・ロシア・オランダとも同様の条約を結んでいます。
1858年日米修好通商条約は「関税自主権が”ない”」「領事裁判権を”認める”」という不平等条約の部分が特に重要です。これは、明治時代を通じて不平等条約の改正が明治政府の大きなテーマになるからです。ここでは「ない」「認める」という語句まで重要です。ちなみに、領事裁判権と治外法権は、ほぼ同じ内容なのでどちらでも正解になりますが最近は領事裁判権と書くことのほうが多いです。この時の中心人物である大老・井伊直弼は漢字間違いが生まれやすい人物なので注意が必要です。ちなみに、アメリカの他に、英露蘭の3か国とさらにフランスとも条約を結んでいます。
開国による影響も出題されやすいです。学習を深めるページでは横浜港での貿易がグラフになっていますが要約すると「イギリスに生糸を輸出した」というのがポイントです。授業では、グラフを読み取らせて特徴を聞くようにしています。

幕末に関しては並べ替えの問題も多いです。たとえば
日米修好通商条約→安政の大獄→桜田門外の変
生麦事件→薩英戦争→薩長同盟
大政奉還→王政復古の大号令→戊辰戦争
といったあたりです。時代の近い並べ替え問題は、ただ時代順に並べさせるだけではなく、歴史の流れを理解しているかどうかが重要なポイントになります。その中でも、大政奉還の1867年は絶対に覚えなければならない年号です。江戸時代の終わりであると同時に、武士の時代の終わりです。武士の時代の始まりを平清盛が武士で初めて太政大臣になった1167年とすると実に700年間続いた時代の終わりです。
次回からはいよいよ明治時代、近代の始まりです。明治時代以降は歴史のとらえ方を変えていかなければならないのですが、それは次回説明します。


入試に出る歴史上の人物 「大塩平八郎」

重要
大阪1836年に天候不順などから天保の大ききんが起こりました。翌年、生活に苦しむ民衆を救済する目的で大阪で蜂起をしたのが大塩平八郎です。これを大塩(平八郎)の乱といいます。大塩平八郎は元幕府の役人であり、それが幕領である大阪で反乱をしたことは幕府に衝撃を与えました。

注意
大塩平八郎の乱を受けて江戸幕府が危機感を強め、水野忠邦の天保の改革(1841年)へとつながっていったという流れは歴史の並び替え問題の定番です。

読み:おおしおへいはちろう
時代:江戸時代後半(19世紀前半)


入試に出る歴史上の人物 「水野忠邦」

重要
小判江戸時代後期に天保の改革を行った老中水野忠邦です。水野忠邦は株仲間の解散を行い経済を統制しようとしましたが、かえって混乱を招き改革は失敗しました。

発展
天保の改革では他に、江戸などに仕事を求めて出てきた農民を農村に返す人返しを行いました。また、江戸・大阪の周辺を幕府の領土(幕領)としようとしましたが、反対にあい失敗しています(上知令)。

注意
1825年に定められた外国船打払令(異国船打払令)を、1840年におきたアヘン戦争に結果を受けてゆるめたときの老中が水野忠邦です。

読み:みずのただくに
時代:江戸時代後半(19世紀前半)


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