「 源義経 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「源義朝」

標準
1156年におきた保元の乱で天皇方で活躍し、その後おきた平治の乱でライバルである平清盛に敗れたのが源義朝です。源頼朝・義経の父親です。

平清盛のライバル、源頼朝・義経兄弟の父親という歴史的にみて重要な人物に関わるキーパーソンです。ただ、源義朝自身はそれほど入試に出るわけではありません。

読み:みなもとのよしとも
時代:平安末期(12世紀半ば)


入試に出る歴史上の人物 「源頼朝」

読み:みなもとのよりとも源頼朝
時代:平安末~鎌倉初期(12世紀末)

基本
1185年に全国に守護地頭を設置し、武士政権の世をかため、1192年に征夷大将軍となったのが源頼朝です。一般に、頼朝が作り出した政権を鎌倉幕府といいます。

重要
壇ノ浦の戦いで活躍した源義経は弟ですが、戦いの後頼朝と義経は対立し、頼朝が弟をとらえる名目で設置したのが守護・地頭です。

注意
「鎌倉幕府の成立はいつか?」ということがよく言われますが、そもそも「鎌倉幕府」という言葉ができたのは明治時代以降のため、厳密に鎌倉幕府の成立時期を特定することにあまり意味はありません。一般に、1185年と1192年に重点を置く意見が多いので(その理由は上記の守護地頭の設置、もしくは征夷大将軍の就任)、その出来事を覚えておくようにしましょう。

また、古くから源頼朝の肖像画と伝わっていた作品は、最近の研究で別人であるという説が強まっており、教科書では「頼朝の肖像画と伝わる」絵という説明になっています。


入試に出る歴史上の人物 「源義経」

読み:みなもとのよしつね源義経
時代:平安末期(12世紀末)

重要
1185年におきた壇ノ浦の戦い(山口県)で平氏を滅亡させた中心人物が源義経です。鎌倉幕府をつくった源頼朝は兄です。


源平の戦いである、石橋山の戦い→富士川の戦い→倶利伽羅峠の戦い→一の谷の戦い→屋島の戦い→壇ノ浦の戦いという流れは意外と並び替えの問題で出題されます。平氏がかつての根拠地だった西日本に逃れていくことが地図から読み取れます。


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