「 異国船打払令 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「水野忠邦」

重要
小判江戸時代後期に天保の改革を行った老中水野忠邦です。水野忠邦は株仲間の解散を行い経済を統制しようとしましたが、かえって混乱を招き改革は失敗しました。

発展
天保の改革では他に、江戸などに仕事を求めて出てきた農民を農村に返す人返しを行いました。また、江戸・大阪の周辺を幕府の領土(幕領)としようとしましたが、反対にあい失敗しています(上知令)。

注意
1825年に定められた外国船打払令(異国船打払令)を、1840年におきたアヘン戦争に結果を受けてゆるめたときの老中が水野忠邦です。

読み:みずのただくに
時代:江戸時代後半(19世紀前半)


入試に出る歴史上の人物 「高野長英・渡辺崋山」

標準
帆船1825年外国船打払令(異国船打払令)が制定されたあとにおきたモリソン号事件を批判し処罰された蘭学者が渡辺崋山高野長英です。この出来事を蛮社の獄といいます。

モリソン号事件は、日本人漂流民をつれたアメリカ商船を日本が砲撃、撃退した事件です。高野長英は医師でもありシーボルトの鳴滝塾で学びました。渡辺崋山は田原藩(愛知県)の過労としても活躍した人物です。ただ、この2人を識別しないといけない問題は、出題されないのでまとめて覚えれば大丈夫です。

読み:たかのちょうえい・わたなべかざん
時代:江戸時代後半(19世紀前半)


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