「 老中 」一覧

入試に出る歴史上の人物 「水野忠邦」

重要
小判江戸時代後期に天保の改革を行った老中水野忠邦です。水野忠邦は株仲間の解散を行い経済を統制しようとしましたが、かえって混乱を招き改革は失敗しました。

発展
天保の改革では他に、江戸などに仕事を求めて出てきた農民を農村に返す人返しを行いました。また、江戸・大阪の周辺を幕府の領土(幕領)としようとしましたが、反対にあい失敗しています(上知令)。

注意
1825年に定められた外国船打払令(異国船打払令)を、1840年におきたアヘン戦争に結果を受けてゆるめたときの老中が水野忠邦です。

読み:みずのただくに
時代:江戸時代後半(19世紀前半)


入試に出る歴史上の人物 「松平定信」

基本
白河小峰城18世紀末、江戸幕府の老中として寛政の改革を行ったのが松平定信です。

重要
松平定信は昌平坂学問所をつくり、幕府の学問所で朱子学以外を学ぶことを禁止しました。また、ききんに備えて米を蓄える囲米を行いました。

過剰な引き締め政策により人々の不満がたまった様子は「白河の清きに魚のすみかねてもとの濁りの田沼恋しき」(白河は松平定信が藩主をしていた場所で定信のこと。田沼は田沼意次)という狂歌で入試でも出題されます。

注意
(高校入試限定)松平定信が寛政の改革を始めたのは1787年で、1789年フランス革命とほぼ同時期です。入試で日本史と世界史の同時代史を問う問題の定番なので必ず覚えておきましょう。

入試においても登場頻度の高い人物なんですが、意外と何をしたかといわれると困るのが松平定信です。それだけに、田沼意次や徳川吉宗の業績と並べて寛政の改革の内容を選ばせる問題がよく出ますね。

読み:まつだいらさだのぶ
時代:江戸時代中期(18世紀末)

 


入試に出る歴史上の人物 「田沼意次」


小判江戸時代中期に老中として、積極的な経済政策を行ったのが田沼意次です。商人の同業者組合である株仲間を積極的に奨励し、そこから税を取ることで幕府の財政を安定させようとしました。


印旛沼・手賀沼の干拓による新田開発や蝦夷地の開発を行おうとしました。しかし、天明の大ききんがおきるなどしたため、またわいろが横行したことを批判され失脚しました。


(高校入試限定)田沼意次が老中を1772年で、アメリカ独立戦争が起きた時期(1775年)に近いため、日本と世界の同時代史を問う問題で出題されることがあります。

近年の近世史の再評価により、大きく扱いが変わった人物が田沼意次です。昔は、田沼意次=わいろでしたが、今は授業で説明するときはそのことは口頭で軽く触れる程度ですね。

問 長崎貿易を活発にするために海産物の輸出をうながし、株仲間の営業を積極的に認めるなど、商業を重視した人物を次のア~エから選び、1つ選び記号で答えなさい。(2018年沖縄県公立高)
ア.徳川綱吉 イ.徳川吉宗 ウ.田沼意次 エ.水野忠邦

答:ウ

読み:たぬまおきつぐ
時代:江戸時代中期(18世紀後半)


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