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中学入試プレイバック2019 「慶應義塾湘南藤沢中等部」

蘭学についての知識を問う問題としては、わりとオーソドックスな問題です。誤っているのは3,4です。3は吉田松陰・松下村塾が誤りで、緒方洪庵・適塾が正しいです。4は国学のことなんで論外です。

今日お伝えしたいポイントは「学力アップのためには、誤りの問題が”どう”誤っているのかを知ることが大事」ということです。この問題でいえば、3は吉田松陰は長崎ではなく長州藩で松下村塾を開いたはずだと演習中に気が付く、もしくは吉田松陰は蘭学の人じゃないと気が付いて×を選べる人は多いと思います。この問題を答えるだけであれば、この知識で十分です。ただ、解説を見れば「長崎で緒方洪庵が適塾を開き、福沢諭吉ら多くの者がこの学問を学んだ」という正しい内容が掲載されているはずです。ここまで足を延ばして知識としていく姿勢を持つことが大事です。

ちなみに、解説に書かれているからと言って必ず覚えないといけないとは限りません。誤りであることが分かれば問題ないという問いもありますので、その辺りは担当者に確認することが大事です。この問題の場合、緒方洪庵までフォローしないといけないのはかなりの上位生のみです。

答:1.○ 2.○ 3.× 4.×



入試に出る歴史上の人物 「杉田玄白・前野良沢」

重要
メスオランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を日本語に翻訳した「解体新書」の著者が杉田玄白前野良沢です。解体新書はオランダの学問を研修する蘭学の発展に貢献しました。

中高受験において杉田玄白と前野良沢の区別はほぼ不要です。前野良沢は当初、解体新書の著者として公表されておらず、杉田玄白が解体新書の苦労の様子を記した「蘭学事始」によって知られるようになりました。

読み:すぎたげんぱく・まえのりょうたく
時代:江戸時代中期(18世紀後半)


入試に出る歴史上の人物 「徳川吉宗」

徳川吉宗基本
18世紀前半、江戸幕府の8代将軍として享保の改革を行ったのが徳川吉宗です。徳川吉宗は庶民の意見を聞くために目安箱を設置し、裁判の基準となる公事方御定書を制定しました。
吉宗は新田開発を行い、幕府の収入を増やそうとするとともに、無駄な出費を抑え幕府財政の立て直しを狙いました。

応用
徳川吉宗は大名から米を集める代わりに参勤交代の期間を緩める上米の制を行いました。
キリスト教に関係のないオランダ書の輸入を許し、蘭学がおこるきっかけをつくりました。また、青木昆陽にさつまいもの研究を吸進めさせたのも徳川吉宗です。

標準
徳川吉宗は7代将軍家継が若くして亡くなったため、御三家である紀伊藩からあとを継いだ将軍です。
吉宗は目安箱の投書をもとに江戸の消火活動を行う町火消を設置しました。

江戸時代中期を代表する政治家で、米の値段の安定に腐心したことから「米将軍」とよばれたのが徳川吉宗です。この仕事を始めたころは「ちゃーんちゃーちゃーんちゃちゃちゃん」と暴れん坊将軍のテーマをいえば、「あぁ~」となったものですが今は遠い昔です。

読み:とくがわよしむね
時代:江戸時代中期(18世紀前半)

 

 


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